峯岸 秀幸(公認会計士・税理士)
コロナ禍が以前と比べるとだいぶ落ち着いた状況を受けて、これまで件数が少なかった税務調査についても、今秋はだいぶ増えてきていると耳にします。
では、税務調査に的確に対応するために、税理士や会計事務所職員が身につけておきたい能力は何でしょうか?
ここでは、2回にわたり、峯岸秀幸先生(公認会計士・税理士)に税務調査に際して大きな武器となる”リーガルマインド”の概要について解説いただきます。
税務調査の場で役立つ”リーガルマインド”
皆さんは、資本金1億円超の法人顧客であるA社の税務調査に立ち会った際に担当の調査官から以下のような主張をされたら、どうされるでしょうか。
「この福利厚生費として処理されている創立○○周年行事の費用、全従業員を慰安するための行事であったことはわかりますが、参加者一人当たりに要した飲食費や会場費の合計が高すぎるので、交際費等に当たり損金算入が認められません。」
当然、この主張を直ちに受け入れる、という方は多くないでしょう。
まずはこの主張の当否を検討し、納得できなければ毅然と反論することになるのではないでしょうか。
それにしても、「高すぎる」などと言われて、何と言い返せばいいのでしょう?
筆者は税務の世界に入ってしばらくの間、このような主張にどう反論したらいいのか、今一つ分からずにモヤモヤする日々を過ごしました。
実務で問題に突き当たったらまず法令を読み、通達を読み、それでも分からなければ実務書を読んでみる、といった作法は一通り習ったものの、その過程を経ても“ズバリ”の答えがどこにも書いていなかったときにどのように答えを出せばいいのかが分からなかったのです。
ベテランの先生であれば数々の税務調査に対応する中で培われた「経験則」で解決するのかもしれません。しかし実は、これから税理士を目指す方や実務をはじめて間もない方でも、ある考え方を身につけてさえいれば自分なりの答えを導くことは可能です。
その考え方のことを、しばしば「リーガルマインド」と呼びます。
筆者はその考え方を多少なりとも理解してから、税務調査の場で何を言うべきかが明確になり、臆するということがなくなりました。
いままさに多数行われている最中の税務調査の場で役立つ「リーガルマインド」について、前編・後編の2回にわたり概要を解説します。
税務に法的思考力が不可欠な理由
リーガルマインドについて述べる前に、税務と法律の関わりを再確認しておきましょう。
「国が税を課するには国民の代表で構成される国会で制定された法律によらなければならない」という租税法律主義の下、国が国民に税を課すための法律として、所得税法、法人税法、消費税法といった税法が存在します。
税法には、国民の納税義務を生じさせるための条件(課税要件)が定められています。我々が税金を計算する際、実は、税法が定めている課税要件を充足するか否かの判断を積み上げています。
例えば、最初に述べた交際費については、租税特別措置法61条の4に次のことが定められています。
- 交際費等の額は所得の計算上損金の額に算入しない。
- 交際費等とは、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、接待等のために支出するもの。
- 専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用は、交際費等から除く。
普段、会計事務所の職員がしている『接待のために取引先を招いてした会食に要した支出に係る領収書に書いてある金額を交際費として集計して申告加算する』という作業は、その支出が交際費等に当たるという判断をし、交際費等の額は損金算入しないという規定を適用する判断をしている、ということにほかなりません。
ですから、税務とは法律の世界である、と言っても過言ではないのです。その世界で起こる問題を解決するために“リーガル”マインドが必要とされることは容易にご想像いただけるのではないでしょうか。
「法的三段論法」という決まりごとを知る
リーガルマインドという言葉に明確な定義があるわけではありませんが、税務調査への対応に必要な、という枕詞をつけるなら、それは「法的な考え方に基づいて論理的に自説を組み立て、相手を説得する力」というように言い換えることができるでしょう。
そういう力を身につけるための第一歩は、枠組み通りに思考するクセをつける、ということです。
その枠組みを「法的三段論法」といいます。
法的に物事を考える際にこの枠組みに従うことは、会計的に物事を考える際に借方・貸方を想起するのと同じようなもので、一種の決まりごとです。
法的三段論法とは、次のような思考プロセスです。
1. 法令を解釈して規範を定立する。 2. 証拠から事実を認定する。 3. 規範に事実をあてはめて結論を出す。 |
これだけ読んでも「何のことやら」でしょうから、まずは、結論を出すためのプロセスが、「法令に定められていること」に「事実」を「あてはめる」という順序であることを覚えましょう。
先の接待のための会食費用の例でいえば、こういうことです。
1. 法は、接待等のために支出した費用は交際費等に当たり、損金算入しないこととしている。 2. △社は、取引先を接待するために会食を行い、その費用を交際費として費用計上した。 3. △社が計上した会食費用は接待等のために支出した費用であるから交際費等に当たる。交際費等は損金算入しないこととされているから、この会食費用は△社の所得の計算上、損金算入できない。 |
課税関係について考えて結論を出す際には、必ずこの順序で考え、話し、聞くクセをつけましょう。
考える際も、上司や同僚に相談する際も、この順序を守るだけで驚くほど頭や議論が整理されるはずです。
(後編につづく)