奥村武博先生に聞く! 「スポーツ×会計」の世界とは?(後編)


【編集部より】
女子バスケットボールチームが東京オリンピックで銀メダルを取り注目された一方で、日本バスケットボール協会は赤字であると言うニュースがありました。
将来、スポーツに関わる仕事がしたいと考える人も多いのではないでしょうか。会計や税務の専門家としてどういった関わりができ、どんなスキルが求められるのか、キャリアのヒントも見つかるはずです。
後編では、スポーツ選手のキャリアと会計士受験生へのメッセージをお話し頂きました。

スポーツ選手のキャリアとビジネス思考

編集部 前編では、スポーツとビジネスに主眼をおいてお話をお聞きしましたが、奥村先生は選手のキャリアについての活動もされていますよね。

奥村先生 はい。僕の場合、選手のキャリアを最初に見ていて、そこからスポーツビジネスの全体像にアプローチしていかないと意味がないと考えています。

スポーツ界に「デュアルキャリア」という考え方を浸透させたいと思って活動していて、スポーツを通して他領域の知識を増やしていければ、引退後のキャリアにも生きるという発想なんです。その一つとして、自分のスポーツをビジネスとして捉えておくことは大切だと考えています。

そこで、よく選手には「あなたの給料ってどこから出ていますか?」というお話をするのですが、これはスポーツビジネスの収益とコストの関係を理解することにもつながります。

具体的には、前編でお話しした通り、スポーツビジネスの収入源はグッズ収入やチケット収入、放映権などで、それを誰が出しているかというとファンやスポンサーですね。

そうすると、自分がどういうアピールをすれば、ファンやスポンサーは自分やチームにお金を落としてくれるようになるかが考えられるようになり、さらにはチームがより大きな収益を上げられれば、自分の報酬にも返ってくるということが理解できるようになります。

つまり、消費者と企業と自分というトライアングルで、どうお金が回っているのか、どういうサービスを提供しているのかというビジネスの根本的な構造が理解できるはずです。

編集部 キャリアを考えるにあたっても、スポーツとビジネスをつなげて考えられると視野が広がるのですね。

奥村先生 もし引退後、スポーツ界の外に出たとしても、ビジネスの対象が変わるだけで、構造自体はさほど変わりません。
むしろ、ビジネス意識を持つことができれば、より自分のパフォーマンスが上がり、選手としての価値も高まるという相乗効果が得られます。
スポーツをビジネスとして理解することは非常に重要なのではないか、と思っていますね。

私自身は現役の時、この発想ができなかったから引退後に苦労しました。元々プロ選手だったというところから、いわばしくじり先生の話として説得力や共感力を与えられるように、さまざまなスポーツ選手に伝えています。

編集部 スポーツ選手の引退後については、テレビ番組でも取り上げられるなど一般からの関心も高いですね。

奥村先生 選手のキャリアサポートというと、引退後の仕事を何か手当てするという発想で、僕が引退した20〜25年前と考え方はそれほど変わっていないんですよね。
実際、スポーツ選手の引退後の不安は「進路とお金」で、その二大不安は全く変わっていません。これを改善できていないということは、もっと抜本的な解決が必要なのではないかと思っています。

確かに、スポーツと他の仕事は違いますが、消費者に対してどんなサービスを届けて、それに対してどんなリターンを得られるか、そのためのファンエンゲージメントをどう高めていくかという根本的なところは変わりません。

スポーツ産業としてスケールを大きくしていこうと思うと、競技力を高めて優秀な選手を輩出することも重要な視点になります。しかし、頑張っても生活は裕福にならないし、引退後も不安だと、チャレンジする意欲さえ薄れてしまいます。

選手個人にフォーカスすると、その選手の金銭的な不安を取り除くことによって、スポーツに集中しやすいマインドや環境を整えることができるというのは、すごく大切な視点でもあります。お金の面に着目すると、スポーツ界の全体像と課題が見えてくるんですよ。

もしスポーツに関わる仕事がしたいなら

編集部 将来的に、スポーツに関わる仕事がしたいと考えている人が、持っておくとよいスキルやマインドは何かありますか。

奥村先生 一つ大事だなと思うのは、スポーツ選手、現場の監督、コーチ、そういった方々に対するリスペクトを持っていることです。
実は意外と、「スポーツのことしかわからないでしょ」と見下されがちなところもあるので…。そうではなくて、相手を尊重しつつ、その相手に伝えるためにはどうしたらいいのか、という姿勢でいることですね。

そういう意味では、「言語化スキル」も求められるかもしれないですね。専門知識をいかに相手に伝わる言葉で喋れるのかっていうのは、有資格者はものすごく重要なスキルだと思います。
そのためには、たとえば監査の現場でクライアント企業の経理担当者と話す時も、「こういう意図で、こういう資料が欲しいのですが、ご提示いただけますか」と、ちゃんとコミュニケーションを取れるかどうかはすごく重要なことです。

編集部 そうなんですね。

奥村先生 それと、一般の人は士業の専門領域区分がわからないことが多いです。例えば、これが会計士の専門分野なのか、社会保険労務士なのか、弁護士なのか、わからなくてまとめて相談がくることも多いです。
それに対して、「自分は会計士なのでわかりません」とシャットアウトするのではなくて、わかる範囲で一緒に考えるマインドを持ってるかどうかも大切ですね。

先ほどもお話しした通り、スポーツ団体はお金がないので、複数の専門家にコストを払うことはできません。
だから、関わっている専門家にできるだけ教えてもらえたら助かるわけです。また、こちらとしてもゆくゆくは会計に繋がる話であることは間違いので、いかに守備範囲を広くするか。
スポーツチームにもよりますが、スペシャリストよりもゼネラリストになるマインドを持ってるかが重要だと思っています。

あとは時間が不規則なので、スケジュール的な対応力があるかも意外と重要かもしれないですね。スポーツ界は平日の夜や休日に試合をすることが多いので、それに対応できるかどうかも意外と必要な力かもしれません。

一社)アスリートデュアルキャリア推進機構の会議室にて

これから実務の世界へ飛び込む若者へ

編集部 最後に、来月の11月18日(金)には、公認会計士論文式の合格発表を控えています。スポーツ選手のキャリアサポートをする奥村先生から、これから実務の世界へ飛び込む若者へメッセージを頂けますか。

奥村先生 合格は1つのゴールです。しかし、最終ゴールではなくて通過点でしかありません。これは、僕自身すごく痛感しているところでもあります。

僕がプロ野球で活躍できなかった理由の1つとして、ドラフト指名されてプロ野球選手になったというところが、ほぼ最終ゴールになってしまい、その次にゴールが更新できずに、プロフェッショナルとして取り組み方が足らなかったからだと思っています。結果として、怪我にも繋がり、引退することになりました。

だから、僕は会計士試験に受かった時には「同じ轍は踏まないようにしよう」と心に決めていたので、合格した瞬間は嬉しいというよりもホッとしたんですよね。

ただ、合格は1つの区切りです。これからは自分が会計のプロフェッショナルとして生きていくわけなので、そのためにはどうしたらいいのか。
自分はなんで会計士になりたかったのか、何をしたかったのか。
これらを原点に立ち返って、もう一度思い起こして、中長期計画として考えてみてはどうでしょうか。

私の場合は、「スポーツ界に何か貢献したい」という思いがあったので、そのためには、どういうステップで、どういう経験を積めばいいか。
就職先としてどういう法人に進むのがいいか。
どういうスキルをつけておくべきなか。
どういう取り組み方をしたらいいか。
これらを、仕事のやり方はもちろん、普段の生活まで落とし込んでこれたのが良かったなと思っています。

働き始めると日々、仕事に忙殺されるのは、最初は仕方がないと思います。しかし、その中でも自分はどういう経験を積みたいのかという目的意識は忘れずに、「これをやることによってこういう能力がつくな」というような目線で日々の仕事を見ていくと、やりがいのある仕事を見つけることに繋がるのではないでしょうか。
ぜひ、そういう意識で新しいスタートを切ってもらえればよいのではないかと思います。

夢をあきらめずに続けるために

編集部 一方で、悔しい結果になった人もいます。あきらめずに続ける秘訣はありますか。

奥村先生 実は僕も偉そうに言えないですけど、公認会計士試験を9回も受験して、合格したのは30歳を超えていました。高卒でプロ野球に入って、社会人経験も乏しいなかで公認会計士試験に挑戦して合格したというのは、人生における本当に大きなターニングポイントでした。

粘って取ったからこそ道が広がって、取ることによって自信を持って生きていくツールになるということ。そして、専門家として関われる範囲が広がるというということ。この2つのポジティブな面は絶対にあると感じています。
「諦めずに頑張る」というのはすごく大切だと思うんですよね。

僕が受験生の時に聞いたことですが、「絶対に合格できる方法が1つだけある。それは受かるまで続けることだ」と。
馬鹿らしいかもしれないですけど、これは真理なのではないでしょうか。だから、続けるためにどうしたらいいかをぜひ考えてみてください。
経済的事情やいろいろな制約条件はあると思いますが、それらをどうクリアしたらよいのかを考えるのはすごく大切です。

それと、最も大事なのが、「ダメだったという現実」をまず受け入れること。そして、ダメだった現実を他人の責任にしないことです。
例えば予備校の予想が外れたとか、テキストがわかりにくいとか、そういったことは二の次。同じテキストを使って受かっている人もいるわけなので、全て自己責任なんですよね。
そのためには生活レベルまで落とし込んで取り組み方を考えることです。

たとえば、お昼ご飯の時だけテレビを見ようと思ったのが、気づいたら夕方になっていたなんてことは意外とありますよね。だったら、その根本的な原因解決としてご飯の時にテレビを見るのをやめる。
普段の取り組みや生活で、合格するために最善を尽せていたかということと向き合うことはすごく大切です。

野村克也元監督がよく言っていた言葉があります。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」(松浦静山『常静子剣談』)

負けた現実から目を背けると成長できません。
自分の責任であるということと、きちんと向き合うことは次の合格に向けた最初の重要なステップです。

<お話を伺った人>
奥村 武博
(おくむら たけひろ)

公認会計士
岐阜県立土岐商業高等学校卒業。元阪神タイガース 投手(97年ドラフト6位)。
現在は、株式会社スポカチ代表取締役、一社)アスリートデュアルキャリア推進機構代表理事、税理士法人・株式会社office921マネージャー、奥村武博公認会計士事務所所長、一社)日本障がい者サッカー連盟監事、公社)全国野球振興会(日本プロ野球OBクラブ)監事、一財)ロートこどもみらい財団監事、株式会社リアルスタイル監査役、日本公認会計士協会組織内会計士協議会広報委員、日本公認会計士協会東京会会計普及委員を務める。

【バックナンバー】
奥村武博先生に聞く! 「スポーツ×会計」の世界とは?(前編)


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