グローバル・ミニマム課税を読み解く(前編)-BEPS2.0と税務ガバナンスの接点


稲葉知恵子(拓殖大学商学部教授)

【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!

こんにちは、拓殖大学で税務会計論を担当している稲葉知恵子と申します。

2020年8月から1年間、在外研究のためイギリスのエセックス大学に客員研究員として滞在しました。そこで注目し、研究プロジェクトとして深化させていったのが、企業の「税務戦略の開示」をめぐる取組みです。

このコラムでは、企業の「税務戦略の開示」についてご紹介していきます。

イギリスの企業に求められる「税への向き合い方」

イギリスでは2016年から、売上高が2億ポンド以上、または資産総額が20億ポンドを超える大企業に対し、自社の「税務戦略(tax strategy)」を公表することが義務付けられています(Finance Act 2016, Schedule 19)。

開示内容は次の4点です。

①リスク管理とガバナンス体制
②タックス・プランニングに対する態度
③受容可能な税務リスクの水準
④税務当局(HMRC)への協力方針

一部の企業は、規定で求められる水準を超えて20ページ超の「税の透明性の報告書(Tax Transparency Report)」を公表し、国別の納税額や税務リスク管理に関する責任の所在、ガバナンス体制まで詳細に説明しています。

法人税等の納税額の開示にとどまらず、「どのような姿勢で税に向き合っているか」を社会に示すことが求められているのです。

このような実態を目の当たりにして私が強く意識するようになったのが「税務ガバナンス」です。税務ガバナンスとは、企業が税務コンプライアンスやタックス・プランニングにどう取り組むかを統括し、税務リスクを適切に管理し、透明性を高めることで、ステークホルダーからの信頼を得ようとする仕組みです。

責任ある納税をCSRやサステナビリティの一部として経営戦略に組み込む姿勢を表しています。

税務ガバナンスが注目されるようになった経緯

なぜ税務ガバナンスや税の透明性が国際的に注目されるようになったのでしょうか。

その背景には、2010年代に報じられたスターバックスやアップルといった多国籍企業による過度な租税回避(aggressive tax avoidance)があります[1]。低税率国やオフショア拠点を使って利益を移転し、実効税負担を大幅に軽減する手法は、「違法ではないが、不道徳だ」と強い批判を浴びました[2]

そこで2013年にOECD/G20が立ち上げたのが BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトです。2015年の最終報告書では15の行動計画が示され、移転価格の根拠を示す文書化の義務や、国別報告書(Country by Country Report::CbCR)の導入など、透明性を高める仕組みが整備されました。

従来のルールでは対応が困難に

しかし、BEPSだけでは十分ではありませんでした。経済のデジタル化により、知的財産やデータといった無形資産が企業価値の中心となり、従来の「PE(恒久的施設)ルール」「独立企業原則」では課税権を十分に確保できなくなったのです。

日本経済新聞で連載された「デジタル時代の国際課税」(篠田剛教授、2025年5月)は、こうした従来ルールの限界をわかりやすく整理しています。

PEルールは「工場や支店などの拠点がある国に課税権を認める」考え方ですが、現代のプラットフォーム企業は拠点を持たずに世界中で収益を上げられるため適用が難しいとされています。独立企業原則も「グループ内取引を独立企業同士の価格に見立てて調整する」仕組みですが、無形資産の価値を正しく測ることは困難です。

BEPS2.0による国際課税ルールの再設計

上記の課題を受けて国際社会が合意したのが BEPS2.0です。

第一の柱(Pillar One)では、デジタル企業が稼得する利益のうち通常利益を超える部分、すなわち「超過利益(excess profit / residual profit)」の一部を市場国(消費者の所在国)に再配分する仕組みが国際的に合意され、現在その実施に向けた条約整備と各国での準備が進められています。

第二の柱(Pillar Two)では、連結収益が7.5億ユーロを超える多国籍企業を対象に、グループ全体で少なくとも15%の実効税負担を確保することが国際的に合意され、すでに各国で法制化と段階的な適用が始まっています。

一般に「グローバル・ミニマム課税」と報道されているのは、このPillar Twoを指します。

日本企業にも影響を及ぼすグローバル・ミニマム課税

グローバル・ミニマム課税の枠組みは、2024年度から段階的に施行され、日本企業にもすでに直接的な影響を及ぼし始めています。

日本経済新聞(2025年4月23日付)は「新国際課税の適用開始、三菱商事『システム導入など負担大』」と報じました[3]。実効税率が15%を下回っていなければ税負担そのものは大きく変わらないものの、全世界の子会社から詳細な税務データを収集・統合し、報告する体制を整える必要があるため、現場では「事務負担の重さ」が際立っているとのことです。

一方、リクルートホールディングスは早くからグローバル税務体制を整えていたため、比較的スムーズに対応できているとされます。この事例は、税務が単なる経理業務にとどまらず、二重課税の回避や不要な税負担の排除を通じて企業価値創造に直結する分野であることを示しています。

おわりに

グローバル・ミニマム課税を中心とするBEPS2.0は、国際課税ルールの再設計という歴史的な動きであると同時に、企業の税務ガバナンスのあり方を大きく変えつつあります。世界規模で税の透明性に係る説明責任が求められるいま、税務は単なる事務処理ではなく、企業価値の創造社会との信頼関係に直結する経営課題となっています。

<執筆者紹介
稲葉知恵子(いなば・ちえこ)
拓殖大学商学部教授、博士(経営学)。明治大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。拓殖大学商学部助教、准教授を経て、2024年4月より現職。専門は税務会計。とりわけ、税務ガバナンスと情報開示に焦点を当て、BEPS・BEPS2.0が企業にどのような行動変容をもたらすかを日英比較で研究している。近年は、税務担当人材の育成や新たに求められるガバナンス要素を探る研究に加え、公共部門におけるジェンダー予算編成の研究にも取り組み、透明性・説明責任・ガバナンスという共通概念の深化を目指している。
【主な論文等】
稲葉知恵子(2023)「英国企業によるTax Transparency Report等の特質」『税務会計研究』(34): 215-229.
稲葉知恵子(2023)「日本企業の税務ガバナンスの開示」『會計』203(6): 629-640.
Daniela Pianezzi & Chieko Inaba (2025). Lost in Translation: Exploring Gender Mainstreaming in Japan. Gender, Work & Organization. First published: 16 May 2025. https://doi.org/10.1111/gwao.13275

【インドネシアにて、Accounting and Accountability in Emerging Economiesでの学会報告後】


[1] Charlotte Edwards and Theo Leggett. (2024). Apple told to pay Ireland €13bn in tax by EU. BBC Breaking News. https://www.bbc.com/news/articles/ckgwkwxr4eqo

Tom Bergin. (2012). Special Report – How Starbucks avoids UK taxes. reuters.com. https://www.reuters.com/article/world/uk/special-report-how-starbucks-avoids-uk-taxes-idUSBRE89E0F4/

[2] “Tax Avoidance As an Ethical Issue for Business.” Institute of Business Ethics – IBE. https://www.ibe.org.uk/resource/tax-avoidance-as-an-ethical-issue-for-business.html

[3] 新国際課税の適用開始、三菱商事「システム導入など負担大」 今決算. (2025, April 23). 日本経済新聞. https://www.nikkei.com/article/DGXZQOTG206L30Q5A220C2000000/


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