
金 誠智(公認会計士)
はじめに
皆さん、こんにちは。
アイスリー株式会社 代表取締役社長/公認会計士の金 誠智(キム ソンジ)です。今回は、実際にIPO準備や上場後のIRを経験したなかで感じた、IPO分野ならではの「醍醐味・やりがい」について紹介します。
上場の達成感
やはり、上場した瞬間の達成感は格別です。
IPOは会社にとって一大イベントであり、少なくとも3年程度の長期プロジェクトを完遂するタイミングが「上場」という形で目に見えて実を結ぶわけです。
私自身、上場準備期間中はつらいことも多かったですが、その分、達成感は想像以上でした。
私はIPO準備中のつらい時は、「上場の鐘を鳴らすんだ」と、自分に言い聞かせていました。
そして、ついに鐘を鳴らした瞬間、「世界に色が戻った」と感じたほど大きな開放感があったことを鮮明に覚えています(上場準備が大変すぎて「世界が灰色に見えていた」ことにその時に気づきました)。
自然と涙が流れ落ち、その場では私だけが泣いていました。
IPOは一人の力ではなく、社内外の多くのステークホルダーの協力によって成し得ます。
だからこそ、かけがえのない喜び・経験が得られるのだと感じています。
若手でも大きな裁量と多様な経験を得やすい
私が最初にIPO準備をした会社に転職したのは、社会人6年目になったばかりのまだまだ若手の頃でした。
しかし、公認会計士として大手監査法人での経験が期待され、経営企画室長としてIPO準備プロジェクトの全体を任されることになりました。
その結果、取締役会などの重要な会議の議事運営、資本政策の立案、事業計画の策定、就業規則や勤怠ルールの見直し、規程一式の作成、反社会的勢力との取引防止体制の構築、上場申請書類の作成、証券会社や監査法人などの外部ステークホルダーの窓口など、幅広い業務を担当しました。
会社全体に与える影響を肌で感じられる貴重な経験を積むことができました。
IPO準備企業は人手が不足しがちであるため、若手にも大きなチャンスが巡ってきます。
実際、私の知る限りでも若手社員がIPO準備企業に入社し、中核メンバーとして経営者と直接やり取りし、IPOを成功に導いた方が大勢いらっしゃいます。
IPO準備企業で働くと、一人ひとりの責任は重いですが、その分成長も早いと感じています。
経営者の近くで仕事をすることで視座が高まる
IPO準備は会社にとって一大イベントです。
そのため、必然的に経営者と相談しながら進める場面が多くなります。
私は監査法人時代、クライアント先の社長と直接やり取りすることは稀で、「社長の視座」を感じる機会は多くありませんでした。
しかし、IPO準備企業では毎日のように社長と打ち合わせをする環境です。
まるで秘書のように行動を共にします。
そこで、社長の高い視座や事業や社員に対する想いに触れながら仕事をし、私自身の視座も高まったと思います。
上場後は、社長の交流範囲もさらに広がり、経営者同士のコミュニティなどを通じて、見える世界も変わっていきます。
そのそばで仕事を続けることで、自分自身も成長できるという点はIPO準備ならではの魅力です。
社内外でスクラムを組むプロジェクト
IPO準備は決して一人で進められるものではありません。
私は転職当初、そのことに気づいていませんでした。
27歳で転職した時、「大手監査法人でIPO準備会社の支援もしてきた」「J-SOXの必要書類もハンズオンで作成した」「開示書類の作成を手伝った」と、自分の経験に自信を持っていました。
「自分の経験でどうにかなる」「自分の力でIPOできる」という大いなる勘違いをしていたのです。
しかし、実際には、一人で進められる業務は限られています。
上場企業としてのあるべき「仕組みのデザイン」はできても、「その仕組みが本当に自社に合っているか」など、最終的な当てはめや運用は社員の協力なしには進みません。
IPO準備は、社内の従業員や外部ステークホルダーの力を結集してこそ実現できるプロジェクトです。
だからこそ、社員に気軽に頼める関係性構築に時間をかけ、外部ステークホルダーにいつでも相談できる信頼関係を構築し、社内外の力を「IPO」という目標に目指してスクラムを組むことに醍醐味があります。
それゆえに、プロジェクト完遂時の達成感もひとしおなのです。
IPOの先に待つ“新たな挑戦”
私は、IPO準備を進めているときは「IPOをしたらそれで満足」と思って仕事をしていました。
「キャリアの目的としてのIPO」という位置づけを、まさにしていました。
実際には、会社のストーリーは上場後もまだまだ続きます。
私自身、カチタスでIPOを果たし、独立した後も、業務委託として現在もカチタスのIR業務を継続しています。
2017年にIPOして以来、丸7年もの間、IRを担当しています。
上場後は、機関投資家とのエンゲージメント(建設的な対話)を通じて金融市場の動向や知識を学べるため、新たな視点が得られるのも面白いところです。
これからIPOに取り組まれる皆様方は、ぜひ、IPOはあくまで「企業にとっても個人にとっても成長の通過点」と捉えましょう。
そして、IPO準備に取り組む前から、上場後のさらなる飛躍を意識していただければと思います。
長期的なキャリア形成にも大きなメリット
IPO準備は険しい道のりです。
しかし、IPO準備で培った経験は、自身の知見を飛躍的に向上させてくれます。
そのため、IPO準備企業での経験は、将来のキャリアを形成するうえで強力な武器になるでしょう。
実際、IPO準備を一定期間経験したうえで、以下のような道へ進む人も少なくありません。
• CFOから上場企業のCEOになる
• 別の事業会社のCFOや経営企画になる
• コンサルタントとして独立
• ベンチャーキャピタルやプライベートエクイティファンドで投資家側へ回る
IPO準備の知見や実務能力を身につけていれば、企業の成長フェーズを支える「即戦力」として重宝されると感じています。
まとめ:IPOという成長の舞台で未来を切り拓く
以上が、IPO分野で実際に活躍することで得られる醍醐味とやりがいです。
一言で言えば、「企業とともに挑戦しながら、自身も大きく成長できる領域」です。
もちろんIPO準備会社は、スピード感が早く、不確定要素が多く、社内体制が整っていない部分をゼロから構築する必要がありと、決して楽な選択肢ではありません。
しかし、その分のやりがいや達成感も大きく、キャリアの選択肢を大いに広がると感じています。
本連載を通じてIPO分野に関心を持っていただき、皆さんのキャリア形成に役立つ情報をお届けできたなら幸いです。
私自身も「はじめのIPO」をはじめとするサービスを通じ、多くの企業をサポートしながらIPOの世界をさらに盛り上げていきたいと思っています。
皆さんがIPO分野に挑戦して、大きく飛躍されることを心より応援しています。
<プロフィール>
金 誠智(キム・ソンジ)
アイスリー株式会社 代表取締役社長
2009年有限責任監査法人トーマツ 長野事務所に入所し会計監査業務に従事。2012年トーマツベンチャーサポート株式会社 長野リーダーを兼務しベンチャー支援に携わる
2014年株式会社リプライス 経営企画室長に転職し、IPO準備を開始、2016年リプライスの株式100%を株式会社カチタスに譲渡し、経営統合。M&A後のPMI業務を担当。2017年カチタス IPO準備室長 兼 内部監査室長として、グループのIPO準備を統括。
2017年カチタスの株式34%をニトリHDに譲渡する際のDDの対応もIPO準備と並行して担当、2017年カチタス東証一部上場。グローバルオファリングとして海外投資家にも募集する形で上場。2018年カチタス 経営企画室長 兼 内部監査室長として、主に、国内・海外の機関投資家向けのIRを担当、同時にリプライス 管理部長 兼 経営企画室長として、経営メンバーとして予算策定と管理部門を管掌。
2020年アイスリー株式会社設立、代表取締役社長就任。IPO・IRのコンサルタントとして従事しつつ、IPO準備支援ツール「はじめのIPO」を開発。
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