梨井 俊(税理士)
【編集部より】
2024年8月6日(火)〜8日(木)の3日間にわたり、令和6年度(第74回)税理士試験が実施されました。
そこで、本企画では、「簿記論」・「財務諸表論」・「法人税法」・「相続税法」・「消費税法」について、各科目に精通した実務家・講師の方々に本試験の分析と今後の学習アドバイスをご執筆いただきました(掲載順不同)。ぜひ参考にしてください!
労いの言葉から
まずは受験生の皆さん、令和6年度の相続税法、本当にお疲れ様でした。
試験後の手応え・自己採点はいかがでしたか? 問題自体の取り掛かりにくさは昨年ほどではありませんが、多くの受験者の「難しかった」「大変だった」「やってしまった」という感想をSNSでも見受けました。
「難易度」といってもいろいろな視点があって、
① ひとつひとつの問題が複雑。
② ひっかかりやすい論点や言い回しがされる。
③ 分量が多い。
といった種類があります。今回の本試験は、上記②「ひっかかりやすい論点や言い回しがされる」と③「分量が多い」の傾向が強い問題だったのではないでしょうか。
では、すこし細かいところも見ていきましょう。
理論について
問1が「配偶者に対する生前贈与」と「贈与税の配偶者控除」「その場合の生前贈与加算」についての事例形式の問題でした。具体的な金額についても解答要求事項と判断される事例内容であったため、計算問題でしたらスムーズに解答できるレベルであっても記述問題となると「間違えるわけにはいかない」という緊張感はあったと想定されます。
問2も事例形式の問題で、公益財団法人に対する「遺贈寄付」と「相続人からの相続財産の寄付行為」とに場合分けし、それぞれの課税関係について説明する問題でした。「課税関係」ですので実体要件だけでなく手続要件も、課税される場合だけでなく課税されない場合についても理論立てて記載していくのは結構時間もかかるし難しいものです。
どちらも口頭で「YES? or NO?」であれば答えられるような、結論自体はわかっているような問題でも、記述でしっかりと法律に基づいた説明をしていくためには、知識や理解が、そしてそれを順序良く紙媒体にアウトプットしていくことが必要な問題でした。
計算について
全体的な難易度は高くないものの、「実子の子として代襲相続権を有する特殊な場合」「比準要素数1の会社の株式評価」「会葬御礼にかかる支出の葬式費用としての債務控除適用の可否」といった予備校でも出題実績のない、あるいは出題実績があったとしても少ない論点や、ひっかかりやすい言い回しや見え方、普段学習しているときではあまり聞きなれない用語などが多数出てきました。
今年度は理論問題が前述のように「書けるけれど時間はかかる」タイプの問題だったため、手の止まりやすい計算問題に苦戦した受験生も多かったと思います。
内容についても「難易度は高くない」とはいったものの、それは過去の本試験と比較するとの話になります。満足のいく答案作成のためには、インプットとしてはしっかり深いところまで教科書・参考書の学習を進め、アウトプットとしては応用レベルの問題でもある程度手を止めずに解答できるくらいに総合計算問題を解き慣れていないと難しかったと感じます。
全体講評
全体の7割~8割というやや高めの正答率が合否を分けるラインになりそうです。ひっかかりやすい論点や言い回しはあったものの、しっかり実力者が順当に合格できる本試験には変わりはなさそうです。
最近の傾向と今後の対策について
過去数年間の相続税法試験の傾向を踏まえると、近年の試験問題は、実際の相続税の申告業務をシミュレーションする形で出題されることが増えています。単なる知識問題ではなく、実際の申告書作成に役立つような実務スキルを試す問題が多く見られます。
また、法改正に敏感な出題も多く、最新の改正点が取り上げられます。特に大きな改正があった年やその次の年には、その改正点に関する問題が多く出題される傾向があります。
理論の出題にその傾向が顕著で、最近では「〇〇について、関連する条文に触れつつ、説明しなさい。」という言い回しがされます。「関連する条文」はあくまでも説明の補足という立ち位置で、結論として「課税されるのか・されないのか」「手続きが必要なのか・必要ではないのか」について説明し、その中で出てくる専門用語や理由として条文を記載していくのが重要になります。
まとめ
例年言っていることになりますが、「実力者が順当に合格していく・しやすい」という感想は変わりません。というのも、結局「ものすごく簡単な問題」や「たいして学習時間を費やしていなくてもできる問題」は出題されていないからです。
当たり前のアドバイスになるのですが、少しずつでもしっかり時間と気持ちを積み重ねていってください。学習効率や時間短縮といった耳心地のいい勉強方法に偏らず、努力や根性といった精神論的な勉強方法でも、しっかり周りに負けない気概を持ちましょう。
税理士試験は相対試験です。毎日の学習は自分との戦いですが、合否の結果は他の受験生との戦いです。「周りから一歩抜け出す」ためには、まず「周りに劣らない」答案を作る必要があります。
「一歩抜け出す」のは運や知恵であったとしても、知識や理解がないと「劣らない」答案までもっていけません。今回手応えがあった人もなかった人も、ちょっと休憩したらまた頑張っていきましょう! 税理士は日々、知識更新と反復行動の仕事です。
【執筆者紹介】
梨井 俊(なしい・しゅん)
税理士
大手専門学校で相続税法の講師を務めるかたわら、月次顧問を主な業務とする開業税理士。大学受験の学習塾で英語講師を8年間務めた経験から、学習法や覚える仕組みを資格試験の勉強にもあてはめ、活用法や座学と実務の違いなど、積極的に情報発信も行っている。