【未来予想図2035】監査現場と会計人に必要とされるスキルとは


兎耳山ルカ(会計Vtuber)

【編集部より】
生成AIの進化などによって、私たちの生活や仕事も大きな影響を与えられています。現在の公認会計士受験生や税理士受験生が、実務家として第一線で活躍する頃にはどのような世界になっているのでしょうか。
そこで本企画では、約10年後の未来を予測し、期待や危機感、それに対する準備などについて、実務家や学者4名の方々からアドバイスをいただきました。(掲載順不同)
「合格の先」を見据えることで、受験勉強を乗り越えるエネルギーにもなるのではないでしょうか。

会計監査のデジタル化の現在

会計Vtuberの兎耳山ルカです。監査法人に勤務し、会計監査や内部統制に関わるシステム評価、監査現場で活用されるシステムの導入・開発に携わっています。

今回のテーマは、「2035年の職業会計人の働き方や、その時の世界がどのようになっているか」についての未来予想ということで、AIなどのデジタル領域の変革が会計監査に与える影響について、私の見解を共有します。

現在、職業会計人を目指し学ばれているみなさんも2035年には自らの専門性を確立し、ご活躍されていることと思います。この記事が、皆さんの学びの参考になれば幸いです。

まず前提となる、2023年現在の監査におけるデジタル化の進展状況について整理します。

経済産業省の資料(「DXレポート2(中間取りまとめ)」)によると、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進には下記3つの段階があるとされます。

1.デジタイゼーション(Digitization):アナログ・物理データのデジタルデータ化

2.デジタライゼーション(Digitalization):個別の業務のデジタル化

3.デジタルトランスフォーメーション(digital transformation):組織横断/全体の業務のデジタル化、「顧客起点の価値創出」のための事業やビジネスモデルの変革

2020年のコロナ禍を契機に、会計業務のデジタイゼーションが急速に進行しました。今日ではほとんどの証憑(契約書、請求書などの仕訳計上の根拠となる資料)がデジタルデータ化されています。業種によっては、ほとんどの監査業務をリモートで行うことが可能になっています。

デジタライゼーション領域では、コンピュータを用いて大量のデータを加工・分析するCAAT(コンピュータ利用監査技法)や、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)ツールが用いられることが標準的なものになってきています。

一方で、分析アプローチの設計や前処理(データを分析可能な状態へ加工すること)は監査人個人の手作業によるところが多く、CAATやRPAを適用できない領域も多くあるなど、自動処理の普及という面ではまだ課題があると言えます。

デジタルトランスフォーメーション領域では、監査法人と被監査会社のシステムをリアルタイムに連携させる継続的監査(Continuous Auditing)等が提唱されていますが、具体化はこれからと言えるでしょう。

生成AI活用による会計監査の新しい展望

自動化処理が適用できなかったり、適用するのに手間がかかる理由として、データには少なくない割合で半構造データ・非構造データが存在していることが挙げられます。これらのデータは標準化されていないことから、現行のルールベースの自動処理をすることは困難です。

ChatGPTに代表される生成AI技術は、このようなこれまで利用にハードルがあった半構造データ・非構造データの処理に光明を当てるものになるでしょう。生成AIは膨大なデータの学習によって、これまでのルールベースのアルゴリズムでは不可能であった人間らしいふるまいが可能になります。

たとえば請求書をみたとき、経験ある監査人は「最も大きい数値は請求の合計額」、「その周辺にある合計額より1桁落ちるサイズ感の数値は消費税額」、「”普通”の文字の前の数字3桁は金融機関支店コードであり、後の7桁は口座番号」、「当期から新しく加わったT+13桁の数字は適格請求書発行事業者の登録番号」といった経験則に基づいた判断を意識さえされないレベルで瞬時に行い、たとえ初めて見る様式の非構造データであっても迅速かつ正確に読み解くことができます。

ルールベースの処理では定義されていない様式のデータには対応ができませんが、生成AIを応用した場合、経験ある監査人が行うような情報抽出が可能になると考えられます。

これは一例に過ぎませんが、監査業務のあらゆる局面で生成AIは活躍しうるといえます。従来型のルールベースの処理の発展と併せて、2035年までに現在行われている監査手続の大半が自動化されているでしょう。

公認会計士はAIに取って代わられるのか

受験生のなかにはここまでの話で、将来公認会計士がAIに取って代わられ、不要になると心配される方がいるかもしれません。

しかし、AIは責任をもつ主体ではないため、情報を保証し責任を持つ公認会計士の業務がなくなることはありません。むしろAIのプロセスが重要・複雑になるほど社会に信頼を築く公認会計士の役割は重要になるでしょう。

AIによって生じる新たなリスクに対応し、AIを活用してさらに高品質の保証を提供することで、公認会計士は社会に価値を提供できると考えます。受験生のみなさんはどうぞ安心して学習に励んでください。

一方で、次の2035年までには会計プロフェッションを含む多くのホワイトカラー職種で、AIを活用できる人材が業務を獲得し、AIを活用ができない人材は業務を失うといった光景がみられるはずです。

ちょっと怖い話に思えますが、これはかつて電卓やパソコンといった新しい仕事道具を使いこなせなかったビジネスパーソンが業務を失っていったであろうことと、変わるところはありません。高度な会計専門知識を軸に、時代に応じたスキルセットの獲得を意識するようにしましょう。

2035年の職業会計人に必要なスキル

最後に、2035年の職業会計人に求められる具体的に必要なスキルについて考えてみたいと思います。

生成AIの発展は目覚ましく、ある予測では生成AIは2030年までにテキスト、コード、画像、動画・ゲーム・3Dなど多岐の領域においてプロフェッショナルと同等かそれを上回る能力を獲得するともいわれます。

この頃には世の中のデータの大半がAIによって出力されるようになっているでしょう。そして、私たちの現在の働き方は過去のものになっていると考えられます。各分野のプロフェッショナルはAIの出力結果の妥当性を吟味し、活用することで業務の生産性を大きく高めているはずです。

会計領域においても、生成AIは多くの領域で職業会計人に比肩する能力を獲得すると考えられます。職業会計人はAIの出力が合理的であり、目的に合致するものであるか、必要に応じてデータサイエンティスト等のIT専門家と協働し、評価を行うことが要求されます。

この過程ではAIに関する基礎的な知識と、専門家と協働するためのコミュニケーション能力やプロジェクトマネージメント能力が必要となります。

会計の試験に向けた学習ではこれら知識は獲得できないため、試験に合格された際には、まずは「ITパスポート」でITに関する勉強を始めることをおすすめします(公認会計士試験合格者であれば、この領域の勉強は修了考査の「コンピュータに関する理論」でも役に立つと思います)。

ステップアップとしては基本情報技術者や、統計検定2級、G検定といった資格が考えられますが、これは必要に応じて検討されるとよいでしょう。私は「会計+システム」の2軸を強みとするキャリアを選択しましたが、みなさんの強みになる分野は様々あるかと思いますので、その分野ごとにAIと向き合うことが大切だと思います。

なによりも重要なことは新しい技術や環境を否定せず、好奇心をもって、自分で触ってみる姿勢です。この記事を読まれているみなさんは、きっと好奇心が強いことでしょう。勉強の息抜きに、ChatGPTやMidjourneyといったAIツールを使って、遊びながらキャッチアップされてはどうでしょうか。

私は会計プロフェッションがAI時代においても些かも価値を減じることなく、むしろ高めることができると信じています。そして、変化を楽しむ姿勢があれば、次の10年ほど面白い時代はないでしょう。

みなさんの日々の努力が実り、会計プロフェッションとして第一歩を踏み出されることを心より祈念いたします。

*本稿の内容は筆者個人の見解であり、筆者の所属組織・団体を代表するものではありません。

<執筆者紹介>

兎耳山ルカ

会計修士(専門職)、公認会計士・公認情報システム監査人(CISA)・公認内部監査人(CIA)。監査法人に勤める現役公認会計士。メタバースやYouTubeにおいて会計の魅力を発信する会計Vtuberとして活動している。
X: @TomiyamaLuca


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