脇 淳一
【編集部より】
「困ったら税理士さんに相談」そう考えている経営者は多いと思います。一番身近なパートナーである税理士や会計事務所職員は,経営者から専門外の相談を受けることもあるでしょう。労務関係の相談であれば,社労士につなぐことになると思いますが,初動を間違うと面倒なことになったり,事が重大になってしまったり…ということもあり得ます。ここでは,ベテラン社労士である脇先生に,労務相談のファーストエイドについて聞きました。
「困りごと」の窓口になる税理士・会計事務所職員
令和の時代でも、「経営の事で困ったらまずは税理士の先生に相談すれば大丈夫!」という認識の経営者は多いです。
私も20年にわたり社労士として活動していますが、それを強く感じています。
やはり税理士及び会計事務所職員は、中小企業を中心とした「会社経営のパートナー」なのですね。
ただ、税理士及び会計事務所職員は税務の専門家です。関与先で働く社員と会社とのトラブルなど、特に法的判断が絡む相談については、対応に苦慮したり、敬遠したくなったりするでしょう。
他方で、経営者は経験者や顧問弁護士等がいない限り、税理士の先生にご相談することが唯一の選択肢と言っても過言でないはずです。ある意味で「矛盾が生じている実態」とも言えます。
専門外である労務トラブル等の相談に,どういう対応するのがベストなのでしょうか?
明確な回答が出来る内容でなければ,真正面から答えるべきでない
さて、私は社労士になって20年目になりますが、経験則として、会社から労務トラブルを相談された時に意識していることがあります。
それは、明らかに明確な回答が出きる内容でない限り、「真正面から答え過ぎない事」をです。
これは士業としての帰責性の回避といった次元ではなく、次の理由があります。
・労務トラブルは感情論。法的な問題点が少なくても勃発するし、会社がかなり無理矢理な対応が原因でも問題が顕在化しないこともある。つまり可能性論の側面がある。
・一つでも前提や事実認識が変われば、判断や理論的な有利不利も全く変わる。
・問題が進行していく中で、対応方針が日々変わることが一般的。
労務トラブルは、全てを未然に解決できません。
訴訟になってしまうと、裁判所で争うことになります。そうなると、地方裁判所の判決をもらうのに1年程度は時間かかります。さらに、高裁あるいは最高裁まで争われるケースもあります。
そんな背景の中で、起こり得る可能性を示すことはできても、一社労士が完全に予測しきることは困難なのです。
経営者も「結論」を求めていないことがほとんど
一方で相談する経営者も、初めから全ての結論を私たちへ求めているわけではないというのも私の経験則です。
- どのような選択肢があるのか
- その選択を取った際の法的リスクと現実的な展開の可能性
が知りたいのです。
相談する内容の個別の法的妥当性を知りたいのではなく、一般的に起こり得る展開と最大リスクを見積もれれば十分なことが多いです。
だからこそ、相談内容の法的妥当性等について真正面から答えるべきではないと言えます。
初動として「取りうる選択肢」を示せば十分
では、具体的にどう回答すれば良いのでしょうか。
もし、経営者と社員とのトラブルであれば、私はそれぞれが取れる権利と選択肢を示します。
単純に、社員が「会社や経営者への不満を漏らしている」というようなレベルであれば、社内における話し合いで解決できる可能性が高いです。
ただ、もし社員が会社側へ権利を主張していく意図があれば、法的な判断がどうかと、インターネット等でリサーチし、外部機関にも相談ができること等を知ることになります。相談を受けた場合の初動としては、この外部機関の利用など、その社員の方が取れる選択肢について示せば最初としては十分だと考えています。
この場合の、外部機関への相談、社員の選択肢を簡易に纏めたのが、次の表です。
この選択肢を簡潔に説明するだけでも、初動対応を検討する事ができ、一定の見通しを立てることができるはずです。
単に法的な妥当性の検証だけでは足りません。
これらの対応には、時間及び経済的負担だけではなく、「精神的負担」も生じることも経営者に認識してもらう必要があります。
初動として「そのような現実的な負担を負ってまで解決したい問題なのかどうか」を真剣に考えてもらう必要があります。
尚、社員がこのような外部機関へ相談することは、社員の権利ですので阻止する事だけは絶対にしてはいけません。一層問題を深刻化させ、後々のダメージも大きくなります。
労使間のトラブルを必要以上に深刻にしないために
一度は活躍を期待して採用した社員です。何らかの事情で経営者と社員が相対しなければならなくなったとしても、できるだけ「話し合いで解決すること」が最も合理的です。その方が遺恨を残さず、組織への悪影響も防止できます。
それでも解決できず、対応を進めていかなければならない事態になった場合には、労働関係に強い弁護士あるいは社労士へ繋ぐタイミングとなります。これ以上の対応は、実務経験が問われますし、非弁行為などの業際問題の余地も生じてしまいます。
おわりに
初動対応の「型」ができれば、仮に他の専門家へ繋ぐことになっても、相談者から「丸投げされた」という印象を生むことなく、関係性を維持できます。
関与先企業から労務トラブルの相談があったら、必要以上に消極的になる必要はありません。初動で選択肢を示すことだけで、「労使間のトラブルが防止、あるいは深刻にならないことの役割」を果たせます。これが、関与先の経営者との関係性を深めつつ、関与先の社員の権利を守ることにもつながります。
初動対応につき、本記事が少しでも参考になれば幸いでございます。
【プロフィール】
脇 淳一(わき じゅんいち)
昭和57年東京都目黒区に生まれ。福祉系専門学校在籍時に、社会保険労務士の受験を決め、就職活動をそっちのけで勉強に励み、一回目の受験で合格。平成16年にコンサルティング会社入社。労務の専門家として連日、行政対応や人に関する相談を受け、トラブル解決にあたる。
平成18年に社会保険労務士事務所へ入所。就業規則の作成、労働基準監督署の是正対応、問題社員の対応、多数の助成金の申請などを行い実務経験を積む。平成23年社会保険労務士事務所インサイスを開業。企業の労務トラブルの解決、予防に注力している。