社労士事務所のAI活用ガイド~第6回:社労士事務所の生成AI選びは「性能比較」から始めてはいけない
- 2026/4/10
- 仕事術

【編集部より】
生成AIの発達が目まぐるしい現在。社労士事務所ではどう活用できる?本連載では、『社労士事務所のDXマニュアル』(中央経済社)著者で、デジタル士業®×資格ソムリエ®の林雄次先生にやさしく教えていただきます。
第1回はコチラ
第2回はコチラ
第3回はコチラ
第4回はコチラ
第5回はコチラ
はじめに
生成AIに関心を持つ社労士事務所は、このところ確実に増えています。
背景にあるのは、単なる流行だけではありません。
法改正への対応、顧問先への周知文作成、就業規則や各種規程の見直し、助成金の情報整理、研修資料やセミナー原稿の準備など、社労士の仕事には「読んで、整理して、書いて、伝える」という工程がもともと多く含まれています。
しかも、それらは一度やれば終わりではなく、制度改正や顧問先ごとの事情に応じて、何度も作り直し、伝え直し、わかりやすく言い換える必要があります。
こうした仕事の負荷が年々高まる中で、文章の下書きや要約、論点整理を高速で行える生成AIが注目されるのは、ごく自然な流れだと言えるでしょう。
最初に押さえておきたいこと
ただし、ここで最初に押さえておきたいことがあります。
それは、社労士事務所の生成AI導入は、「どのツールが一番賢いか」を比べるところから始めるとうまくいきにくい、ということです。
生成AIの話題になると、どうしても「どのサービスが高性能か」「どのモデルが自然な文章を書くか」といった比較に目が向きがちです。
もちろん性能は無関係ではありません。
しかし、社労士事務所にとって本当に重要なのは、文章のうまさだけではありません。
個人情報や機密情報をどう扱うか、どの業務に使うのか、誰が確認し、どのように保存するのかまで含めて考えなければ、現場で安心して使える道具にはならないからです。
生成AIの導入が上手くいかない事務所の特徴
実際、生成AI導入が途中で止まってしまう事務所には、いくつか共通した特徴があります。
何のために使うのかが曖昧
ひとつは、何のために使うのかが曖昧なまま始めてしまうことです。
たとえば「AIを入れれば何か便利になるはずだ」と考えて契約したものの、実際には誰向けのどの文章を、どの程度の品質で作りたいのかが決まっていないため、毎回聞き方が変わり、出力も安定しません。
これでは、使うたびに出来が違い、結局「思ったより使えない」という印象だけが残ってしまいます。
安全ラインが曖昧
もうひとつは、安全ラインが曖昧なことです。
社労士の仕事では、氏名、住所、社員番号、賃金、健康情報、ハラスメント、休職や復職に関する情報など、慎重に取り扱うべき内容が日常的に登場します。
ところが、どこまで入力してよいのか、何を抽象化すべきなのか、社外送付前に何を確認すべきなのかが決まっていないと、使う人によって判断がばらつきます。
その結果、「怖いから誰も触らない」という状態になるか、あるいは逆に、一部の人がルールなしで使ってしまう“野良運用”が起こります。
どちらに転んでも、事務所として安定した活用にはつながりません。
再利用の仕組みがない
さらに見落とされやすいのが、再利用の仕組みがないことです。
生成AIを使ってうまく作れた文章があっても、それがチャット画面の中に埋もれたままでは、次に同じような案件が来たときに活かせません。
よかった聞き方、使えた構成、レビューで直したポイント、完成版の保存先といったものが整理されていないと、毎回ゼロからやり直すことになります。
すると、結局は「慣れた人しか使えない」「たまたまうまくいったときだけ使う」という状態に戻ってしまうのです。
生成AIを選ぶ手順
では、社労士事務所が生成AIを選ぶとき、何から考えればよいのでしょうか。
出発点はシンプルです。
まず「用途」、次に「データ」、そして「運用体制」を整理することです。
用途を明確にする
第一に、用途を明確にする必要があります。
社労士事務所で生成AIに期待する役割は、事務所によってかなり違います。
法改正の概要を管理職向けに短くまとめたいのか、顧問先向けニュースレターの下書きを作りたいのか、就業規則改定の論点を洗い出したいのか、助成金の候補を整理したいのか、研修資料の章立てを考えたいのかによって、求める出力も必要な精度も変わります。
ここが曖昧だと、「文章はきれいだが使えない」「詳しすぎて現場向きでない」「逆に浅すぎて実務に耐えない」といったズレが起こります。生成AIは万能の相談相手ではなく、特定の目的に合わせて使ってこそ力を発揮する道具です。
どのようなデータを扱うのかを見極める
第二に、どのようなデータを扱うのかを見極める必要があります。
個人情報や機密情報を入力せずに済む用途であれば、比較的シンプルな形で始めやすいでしょう。
たとえば、公開されている法改正情報の要約や、一般化した研修資料の叩き台づくりであれば、最初の導入先として適しています。
しかし、顧問先固有の事情や従業員の個別情報が関わる業務では、入力データの扱い、保存のされ方、利用履歴の確認といった観点が非常に重要になります。
社労士事務所では、この「何を扱うか」を軽く見てはいけません。むしろ、性能比較より先に確認すべきポイントです。
運用体制を考える
第三に、運用体制を考えなければなりません。
生成AIは、誰か一人が便利に使えればよいというものではなく、事務所としてどう回すかが問われます。
たとえば、職員が使う場合に共通のプロンプト雛形を用意するのか、成果物には作成者や確認者、参照資料を残すのか、社外送付前にダブルチェックを入れるのか、保存場所と命名ルールをどうするのかといった点です。
こうしたルールがないと、同じテーマでも人によって文章の質も安全性もばらつきます。
逆に、最低限の型があれば、生成AIは「うまく使える人だけの道具」ではなく、「事務所全体で回せる仕組み」に近づいていきます。
最初から完璧な環境を整える必要はない
ここで大切なのは、生成AIの導入を難しく考えすぎないことです。
最初から完璧な環境を整える必要はありません。
ただし、何も決めないまま始めるのは危険です。
社労士事務所にとって現実的なのは、まず用途を限定し、個人情報を扱わない範囲から始め、出典確認やレビュー、保存のルールを決めた上で、小さく運用してみることです。
その中で「ここは十分使える」「ここはまだ人がやるべきだ」「この業務には所内標準を参照できる仕組みが必要だ」といったことが見えてきます。
つまり、生成AI選びとは、一度で正解を当てることではなく、事務所に合う使い方を見極めながら整えていく作業なのです。
社労士事務所の生成AI導入で失敗しないためには、まず発想を変える必要があります。「一番すごいAIを探す」のではなく、「自分たちの仕事に合う前提を整える」ことから始めるのです。
この順番を守るだけで、導入後の迷いや後悔は大きく減ります。性能比較は、その後でも遅くありません。
まずは、何に使うのか、どんな情報を扱うのか、どのように管理するのか。
この三つを整理することが、社労士事務所にとっての正しい第一歩です。
次回は、その前提を踏まえて、社労士事務所が向き合う生成AIの選択肢を整理します。
汎用的なチャット型AI、業務特化型のサービス、所内ナレッジを活用する仕組みなど、それぞれの違いと向いている場面を見ながら、「自分の事務所にはどのタイプが合うのか」を具体的に考えていきます。











