
昨年(2024年)1月から新NISAが始まり、読者の方の中にも証券会社に口座を開いて、新たに株式投資に取り組んだ方もいらっしゃるのでは。投資に際して企業の経営状況を正しく理解するためには、財務諸表の理解と分析が欠かせませんし、自社の経営戦略を考えるうえでも同様です。損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CF)の数字を読み解くことで、企業の収益性や安全性、成長性を見極めることができます。
本連載では、筑波大学の社会人大学院で教鞭を執っている中村亮介准教授に、財務諸表分析の基本から、実践的な分析手法までをわかりやすく解説してもらいます。財務諸表の数字をどう活用すればよいのか具体例を交えながら解説してもらい、資産運用にも役立つ知識を提供します。
筑波大学准教授・中村亮介
数年前ですが、妻の妊娠中の第3子が男児とわかったので、名前を考えることにしました。
私は、尾崎豊の「僕が僕であるために」が好きなので、その一節、
「僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない」
にちなみ、男なら勝ち続けなければならないと考え、「中村 勝(マサル)」を提案しました。
すると、妻に
「別にあなただって勝ち続けてきたわけじゃないでしょ」
と言われました。
「・・・はい。」
勝ち続けているんだったら東大行けたはずだもんね!!
というわけで「勝」は即日、却下されました。
☆
東大と言えば、出身高校の直近の東大合格者数について、同校出身の後輩と話していたときのことです。
「東大合格者数が1ケタって由々しき事態だよな。俺たちの頃は15人はいたよなあ。」
と言ったら、後輩に
「・・・冷静に考えると、われわれ東大に受かっていないのに東大合格者について語る資格があるのでしょうか?」
と言われ、
「そうだなあ・・・。」
となりました。
身のほどを知れ、ということですね!!

ROEとは
さて、収益性に関する最後の指標として、株主資本当期純利益率を取り上げます。

利益を株主資本で割った指標で、ROE(return on equity)と略されます[1]。この指標は、企業の所有主たる株主が投資した資本が有効に運用されたかを判断するために用いられます。
具体的には、現在株主が自分の投資額を現在の経営者に任せておくことがよいかどうかを決めるために利用されます。さらに、潜在株主(これから投資しようとしている人)が株式を購入しようかどうかを決めるためにも使われます[2]。

この指標は、2014年に経済産業省が公表した「持続的成長への競争力とインセンティブ〜企業と投資家の望ましい関係構築〜」という報告書(通称、「伊藤レポート」)にて、日本企業は、ROE8%以上を目標とすべきという具体的な数値目標が示され、注目を集めました。
これを受け、多くの上場企業がROEを重要指標(key performance indicator:KPI)としています。
ROEの分解
ROEは次のように分解できます[3]。

収益利益率と資産回転率の積は、ROA(総資産当期純利益率)なので、ROEは「ROA×財務レバレッジ」と言い換えられます。この財務レバレッジは、総資産(総資本)が株主資本の何倍あるかを示す指標で、この値が大きいほど、安全性は低いと評価されます。

なぜ値が大きいほど安全性が低いことになるのでしょうか。株主資本は、「返済義務のない資本」であるのに対し、負債(他人資本)は「返済義務のある資本」です。「返済義務のない資本」が大きいほど安全性は高まりますので、この数値(つまり株主資本)が分母にある財務レバレッジは、大きければ大きいほど安全性が低いことになります。

ここで、違和感を覚えた人がいるかもしれません。それは、おそらく「収益性の指標であるROEを高めることは、安全性を低めることでも実現する」、つまり安全性を犠牲にすれば収益性が高まる、という関係にあることに起因します。
多くの方は、収益性が高くなれば安全性も高くなるだろう(つまり、儲かればつぶれにくくなる)、と思うかもしれません。確かに、指標によってはその傾向にある場合もありますが、ROEに関しては、利益が正であれば、安全性を高める要素である「返済義務のない資本」が少ないほど、株主から預かった資本を効率よく利用していることになるので、このような関係になるのです。
ある会社のROEが高い理由を分解して確かめた結果、財務レバレッジが異常に高かった場合は、その会社は財務政策によって高ROEを実現している可能性があるので、持続可能な利益率であるかについては慎重に見極めなければなりません。
ROEの構成要素を高めるにはどうすればよいか
では、ROEの各構成要素を高めるためには、具体的にどのようにすればよいかを考えてみましょう。
まず、①収益利益率を高めるためには、(ア)費用はそのままに利益を上げる、もしくは(イ)利益はそのままに費用を削減する、があります。(ア)はたとえば商品の販売価格を上げることで、(イ)はたとえば仕入価格や従業員の給料を抑えることで実現できます。

次に、②の資産回転率を高めるためには、(ア)収益を上げる、(イ)資産を圧縮する、があります。(ア)はたとえば商品の価格を下げて多く売ることで、(イ)はたとえば不要資産を売却することにより実現できます。

最後に、③財務レバレッジを高めるためには、(ア)負債を増やす、(イ)株主資本を圧縮する、があります。
(ア)はたとえば金融機関からの借入や社債発行によって資金を調達することで、(イ)はたとえば株主への配当や自社株買いを行うことで実現できます。

ただし、これらの施策を講じれば必ず「ROEが」上がるのかと言えば必ずしもそうではありません。たとえば、③財務レバレッジを高めるために負債を増やすと、同時に資産が増えますので(銀行から借り入れると資産である預金が増える)、②資産回転率の分母が大きくなり、他の条件が同じであれば②は低くなってしまうからです。したがって、ROEを高めるためには、①②③をトータルでマネジメントする必要があります。
ちなみに、マクドナルドのROEを分解すると次のとおりです。
ROE(13.1%)=①収益利益率(7.8%)×②総資産回転率(1.3回)×③財務レバレッジ(1.3倍)[4]
収益性の分析のまとめ
3回にわたって収益性の分析について解説してきましたが、これらをまとめます[5]。
収益性分析の基本構成
企業がどれだけ効率的に利益を生み出しているかを測る指標で、ROA・ROE・収益利益率・資産回転率などが代表的。
ROA(総資産当期純利益率)の役割
総資産を使って利益をどれほど効率的に稼いでいるかを示し、同業他社や金利との比較で総合的な収益性を判断できます。
ROAの分解
ROA=収益利益率×資産回転率で、前者は収益のうちどれだけ利益として残ったか、後者は資産の利用効率を示します。どちらも大きいほど収益性が高いと判断できます。
収益利益率と資産回転率の関係
売価を上げる高付加価値戦略では【利益率↑・回転率↓】、売価を下げる薄利多売戦略では【利益率↓・回転率↑】となり、両者はトレード・オフの関係にあります。
収益利益率・資産回転率の種類
収益利益率には売上高売上総利益率・売上高営業利益率などがあり、資産回転率には総資産回転率・営業資産回転率などがあります。
ROE(株主資本当期純利益率)の意義
株主が投資した資本を企業がどれだけ有効に運用したかを示す指標で、投資判断や経営者の評価に使われます。伊藤レポートにより日本で特に注目されました。
ROEの分解
ROE=ROA×財務レバレッジ。財務レバレッジは総資産/株主資本で、この値が大きいほど安全性は低下します。
ROEの分解要素の改善策と注意点
収益利益率向上(値上げ・コスト削減)、回転率向上(販売拡大・資産圧縮)、レバレッジ増加(借入増・自社株買い)がありますが、3要素は相互に影響するため、総合的に管理する必要があります。
次回のテーマは、短期の安全性です。
【表】日本マクドナルドホールディングス株式会社の財務諸表(一部)


[1] 分子の当期純利益は、厳密には「親会社株主に帰属する当期純利益」です。なぜならば、分母の株主資本が親会社株主に帰属する持分だからです。親会社株主・非支配株主といった概念を理解するためには、連結会計を学習する必要があります。
[2] 日本取引所グループによると、ROEは「自己資本当期純利益率」であり、「当期純利益/{(期首自己資本+期末自己資本)÷2}×100」とされています。この「自己資本」は、純資産の部合計から株式引受権、新株予約権及び非支配株主持分を除いたものであり、裏を返すと「株主資本+その他の包括利益累計額(評価・換算差額)」となります。ただし、その他の包括利益累計額には非支配株主に帰属する分も含まれる可能性があるため、分母と分子の対応という観点からは「株主資本」とすべきであることから、ここではROEを「株主資本当期純利益率」としました。これに限らず、ROEやROAといった略称にはいろいろな定義があります。
[3] 厳密には、総資産回転率の「総資産」は期中平均を使います。
[4]財務レバレッジは総資産337,094/期末株主資本257,171で計算できますが、ROEは期中平均株主資本を使っているので、ここでは財務レバレッジの計算で期中平均株主資本を用いました。
[5] これ以外に、ROIC(return on invested capital)と略される、投下資本利益率という収益性の指標があり、一般的には「税引後営業利益/(有利子負債+株主資本)×100」と定義されます。これはROEと異なり、分母に負債が含まれていることから財務レバレッジによる調整ができないこと、またROAと異なり、分子に営業利益を据えていることから純粋な営業活動に対する評価が可能となることが特徴です。
<著者紹介>
中村亮介(なかむら・りょうすけ)
筑波大学ビジネスサイエンス系准教授。一橋大学大学院博士後期課程修了、博士(商学)。
『財務制限条項の実態・影響・役割―債務契約における会計情報の活用―』(2018年、共著、中央経済社)で日経・経済図書文化賞、日本経済会計学会学会賞受賞。そのほか、『全商財務諸表分析検定試験テキスト』(2024年、共著、実教出版)、『財務・非財務報告のアカデミック・エビデンス』(2025年、共著、中央経済社)など、著書・論文多数。
イラスト作成:おたまるこ
子育て支援誌の編集兼イラストレーターを経て、現在は動画用漫画や販促用漫画の制作に携わる。 インスタグラム(@otamaruko)で漫画を連載中。
【過去記事はこちらから】
【第1回】「財務諸表分析」って何をするの?
【第2回】 連結財務諸表の種類と入手方法
【第3回】財務諸表分析の方法と対象企業の選び方
【第4回】連結貸借対照表とは
【第5回】連結損益計算書とは
【第6回】連結株主資本等変動計算書と連結キャッシュ・フロー計算書
【第7回】収益性の分析① 資産利益率
【第8回】収益性の分析② 収益利益率と資産回転率











