資産運用にも役立つ ゼロからの財務諸表分析【第3回】財務諸表分析の方法と対象企業の選び方


昨年(2024年)1月から新NISAが始まり、読者の方の中にも証券会社に口座を開いて、新たに株式投資に取り組んだ方もいらっしゃるのでは。投資に際して企業の経営状況を正しく理解するためには、財務諸表の理解と分析が欠かせませんし、自社の経営戦略を考えるうえでも同様です。損益計算書(PL)、貸借対照表(BS)、キャッシュフロー計算書(CF)の数字を読み解くことで、企業の収益性や安全性、成長性を見極めることができます。
本連載では、筑波大学の社会人大学院で教鞭を執っている中村亮介准教授に、財務諸表分析の基本から、実践的な分析手法までをわかりやすく解説してもらいます。財務諸表の数字をどう活用すればよいのか具体例を交えながら解説してもらい、資産運用にも役立つ知識を提供します。

筑波大学准教授・中村亮介

私の趣味はゴルフです。
昨年は40回ラウンドしましたが、あまり上達はしません。

スコアが改善しない原因の1つがバンカーです。
いまだにどうやって打てばよいかわからず、トップやダフりの繰り返し。
年初には1ホールで7回バンカーショットしました…。

さて、仕事では銀行融資の実態に関するインタビュー調査をしており、銀行職員との間でこんな会話がありました。


職員:中村先生のホームページを拝見しましたが、嫌いなものに「バンカー」と書いてありました。先生は銀行へのインタビュー調査をしているのに、そんなことを書いて大丈夫ですか?

中村:どういうことですか?

職員:銀行員が苦手っていうことですよね?

中村:・・・あー、そっちの「バンカー」じゃないですよ!

どうやらその職員は、“banker”(銀行員)だと思ったようです。
ちなみに砂のバンカーは“bunker”です。

「ねづっちかよ!」とツッコみたくなりました。バンカーと言ったらゴルフでしょ!!
その後、ホームページの嫌いなもの一覧は「バンカー(砂のほう)」と修正しました。

今回は、財務諸表分析の対象について説明していきます。

企業間比較と期間比較

第1回で、財務諸表分析は、会社の財政状態や経営成績等を、①他の会社と比較して、もしくは、②同一企業の異時点間で比較して分析することと定義しました。

①をクロスセクション(企業間比較)分析、②を時系列(趨勢)分析と言います。たとえば、A社の2023年度とB社(およびC社)の2023年度の財務諸表を比較するのが①、A社の2023年度と2024年度の財務諸表を比較するのが②となります。

財務諸表分析においては、①と②を組み合わせることが通常です。①のみだと、その期だけがその会社にとっての「異常値」かもしれず、本来の会社の状況を表しているとは限らないからです。逆に言うと、多期間で見ないと、その会社の本当の力を見誤ってしまう可能性があるということです。

また、②のみであまり分析が行われない理由は、財務指標の多くは、比較対象があってはじめて意味をなすものが多いからです。たとえば、大きいほど収益性が高いとみなせる指標について、A社の2023年度が1%、2024年度が2%だったとします。この限りではA社は収益性が高まっていると言えそうですが、同業他社の平均が20%だとすれば、1%だろうが2%だろうが大差ない、ということになります。

比較対象企業の選び方

さて、前回の財務諸表の入手方法を読んで、無事に分析対象企業の財務諸表が手に入ったとします。この次は、クロスセクション分析を行うために、比較対象企業を選ばなければなりません。その際の条件について、重要な順に挙げていきます。

2-1 同じ期間であること

ここでの「期間」とは年度のことを指します。たとえば、2024年度のA社と2014年度のB社を比較してはいけない、ということです。なぜなら、その期に発生した外的要因が異なり、公正な比較ができないからです。

その意味で言うと、決算期が異なる会社同士(たとえば、3月決算の会社と12月決算の会社)を比較することも、厳密にはNGになってしまいますが、私の講義では、同じ年度であればOKということにしています。比較したい企業が対象とならなくなってしまう可能性が高まってしまいますので。

2-2 同じ業種であること

業種によって、財務構成や収益構造は大きく異なります。

たとえば、下の図において、任天堂の貸借対照表における負債の割合は約17%であるのに対し、同じ規模のふくおかフィナンシャルグループの負債の割合は約97%です。負債は返済の必要がある項目なので、この割合が高いほど安全性が低いとみなされます。この限りでは、任天堂の安全性のほうが高いということになりますが、分析はそう単純ではありません。

ふくおかフィナンシャルグループが属する銀行業では、負債の割合はおおむね、この会社と同程度です。その理由は、この負債のうち約68%は、他の一般事業会社にはない「預金」で構成されているからです。すなわち、銀行は主に預金によって資金調達を行い、それを元手に、主に貸出金や有価証券(ふくおかフィナンシャルグループにおいては、これらが資産の約72%)で運用を行うというビジネスモデルであるがゆえに、一般事業会社よりも負債の割合が高いのです[1]

このように、業種によって財務指標の「標準値」は大きく異なりますので、同じ業種の企業を選択する必要があります。

なお、業種については、上場企業であれば日本取引所グループの業種分類表をダウンロードすることによってデータを入手できるほか、Yahoo!ファイナンスなどのサイトでも確認できます。

2-3 企業規模が同程度であること

企業規模が同じような企業同士で比較する理由はいくつかありますが、たとえば売上高が10億円の町工場と、売上高が10兆円のグローバル企業を比較しても、資金調達手段や人的資源の多様性、コスト構造などが大きく異なるために、比較をしてもあまり意味をなさないことが多いことが挙げられます。

では、企業規模は何をもとに測定すればよいでしょうか。これには様々なものがありますが、総資産売上高が多く用いられます。ここで使ってはならないのが、資本金です。というのも、資本金は株主が過去に払い込んだ金額の一部であり、かつ操作可能だからです。

日本経済新聞(2022年9月5日朝刊、20面)では、旅行大手のエイチ・アイ・エスが2022年8月に資本金を248億円から1億円に圧縮し、税制的な優遇を受けるケースがあったと報じています。資本金が1億円以下であれば、外形標準課税制度の上では中小企業扱いとなり、都道府県の税金である法人事業税を赤字なら払わずに済むのです。

この時期は新型コロナウイルスの影響で旅行需要が急減したタイミングであり、キャッシュの流出を抑えるためにエイチ・アイ・エスはこのような政策をとったと考えられます。

この資本金については、ビジネスの実態とは関係なく、帳簿上の操作のみで減らすことが可能です。したがって、資本金によって企業規模を測定してしまうと、実態とかけはなれた選択をしてしまうかもしれません[2]

さて、この「規模」について、大体何倍ぐらいまで許容されるでしょうか。これについては判断の分かれるところですが、私の講義では概ね5倍以内であればOK、ということにしています。

2-4 同じ会計基準を採用していること

2025年現在、日本の証券取引所に上場している企業が採用でき、かつ実際に採用されている会計基準は日本基準・米国基準・国際財務報告基準国際会計基準とも言われます)の3つです。たとえば「経常利益」は日本基準に特有の利益であり、日本基準以外を採用している企業を比較対象としても、これを用いた財務指標の計算ができません。

また、「営業利益」についても3つの基準では利益の計算要素が異なり、厳密には同じ内容で構成されているとは言えません。したがって、同じ会計基準を採用している企業同士を比較するのがよいと言えます。

近年では国際財務報告基準を採用する日本企業が増えています。日本取引所グループによると2025年4月末現在で282社になり、上場会社全体の約7%となります[3]。この数字を見るとたいしたことないな、と思うでしょうが、国際財務報告基準採用企業の多くは、皆さんがパッと「会社」と言って思いつくような大企業ばかりです(たとえば、トヨタ・ソフトバンク・味の素・KDDI)。

このように、国際財務報告基準を採用する日本企業が増えている状況です。そこで、「同じ会計基準同士で比較せよ」という条件を入れてしまうと、比較対象企業の幅が狭まってしまうので、異なる会計基準同士の比較も私の講義では許容しています。ただし、計算プロセスや財務諸表の様式が異なることに注意して結論を導いてください、と警告しています。

比較可能性を確保するためには、他にもいくつか条件がありますが、これ以上「縛り」がきついと肝心の財務諸表分析に入る前に頓挫してしまうので、ここまでにしておきましょう。


次回は、財務諸表を1つずつ簡単に解説します。その後、今回勉強した条件に基づいて企業を選定し、実際に財務諸表分析に入っていきます。

■参考文献
伊藤邦雄(2024)『新・現代会計入門(第6版)』日本経済新聞出版。
新田忠誓監修(2024)『全商財務諸表分析検定試験テキスト』実教出版。


[1] 銀行と一般事業会社の違いは、全国銀行協会が公表しているリーフレットに詳しく説明があります。https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/efforts/smooth/accounting/disclosure.pdf(2025年5月27日閲覧)

[2] これに関しては2024年度の税制改正によって見直しが行われ、前事業年度に外形標準課税の対象であった法人のうち、当該事業年度に資本金1億円以下で、資本金と資本剰余金の合計額が10億円を超えるものは、外形標準課税の対象とすることになりました。

[3] https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/ifrs/02.html(2025年5月27日閲覧)

<著者紹介>
中村亮介(なかむら・りょうすけ)
中村亮介
筑波大学ビジネスサイエンス系准教授。一橋大学大学院博士後期課程修了、博士(商学)。
『財務制限条項の実態・影響・役割―債務契約における会計情報の活用―』(2018年、共著、中央経済社)で日経・経済図書文化賞、日本経済会計学会学会賞受賞。そのほか、『全商財務諸表分析検定試験テキスト』(2024年、共著、実教出版)、『財務・非財務報告のアカデミック・エビデンス』(2025年、共著、中央経済社)など、著書・論文多数。

イラスト作成:おたまるこ
子育て支援誌の編集兼イラストレーターを経て、現在は動画用漫画や販促用漫画の制作に携わる。 インスタグラム(@otamaruko)で漫画を連載中。


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