【経済ニュースを読み解く会計】多角的な経営の視点を養うー非財務情報活用のススメ!【後編】


井上慶太(東京経済大学経営学部准教授)

【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!

BSCの特徴を理解する

みなさん,こんにちは!
本コラムを担当している井上と言います。

前回に続いて,今回は「バランスト・スコアカード(BSC)」の特徴を確認することで,企業経営で財務情報と非財務情報を活用する重要性を考えてみましょう。

4つの視点が意味すること

BSCでは,財務,顧客,内部プロセス,学習と成長という4つの視点から見た業績指標の一覧表(「スコアカード」)を作成します。表1は,小売企業A社が作成したスコアカードの例です。表1には様々な情報が書かれているので,一つずつ確認していきましょう。表1の縦の列を見ると,財務,顧客,内部プロセス,学習と成長という順に書かれています(この順番で書く理由については,後ほど説明します)。次に,各視点において,戦略目標,業績指標,目標値,目標値を達成するために必要な実施項目(どのような施策を行うか)が書かれています。

1つ目の財務の視点は,「今後5年で業界トップの収益性を実現する」というように,企業の中期経営計画で掲げられている到達状況を目指して,従業員がどのように活動すれば良いかを示しています。財務の視点では,「売上高をどのように高めるか」,「原価をどのように下げるか」というように,企業が目指す財務的な成果を明確にすることが必要です。そこで,主な業績指標として,ROI(投下資本利益率),売上高利益率,売上高成長率などが使用されます。A社では,収益性の増大という財務的な成果を評価する指標としてROIを設定し,自社が目指すべき目標値を決めました。

2つ目の顧客の視点は,財務の視点で設定した目標を達成するために,顧客に対して従業員がどのように活動すれば良いかを示しています。顧客の視点では,企業がターゲットとする顧客や,その顧客が商品に求めることを明確にする必要があります。そのうえで,顧客満足度など顧客にとっての価値をどの程度高められたかを評価するための指標が用いられます。A社では,顧客が求める商品をどの程度提供できているかを評価するために,新商品導入件数,顧客満足度とその目標値を設定しました。そして,社内会議では,従業員の提案によって新商品のキャンペーン強化などの施策を行うことになりました。

3つ目の内部プロセスの視点は,顧客の満足を高めるために,従業員がどのように業務を行えば良いかを示しています。内部プロセスの視点では,主要顧客が必要とする商品を効率良く提供できているかどうかを評価します。そこで,業績指標として,業務改善件数などが使用されます。A社では,主要顧客に対する接客活動などを評価するため,改善件数,納期遵守率を業績指標として設定しました。そして,社内会議では,目標値を達成するための施策として,改善チームの編成,配送システムの整備を行うことになりました。

4つ目の学習と成長の視点は,内部プロセスの視点で考えた社内の業務をより良く実施するために,従業員のモチベーション,能力をどのように高めれば良いかを示しています。学習と成長の視点では,人材育成のための制度やシステムの達成度を評価します。業績指標としては,従業員満足度,資格取得率などが使用されます。A社では,販売員のスキル強化,従業員のモチベーション向上が重要だと考え,資格取得率,従業員満足度を業績指標として設定しました。社内会議では,目標値を達成するために,資格取得支援制度などの施策を行うことになりました。

最終的な目標を達成するための道筋を明らかにする

A社で作成されたスコアカードには,ROI,新商品導入件数,顧客満足度,納期遵守率,改善件数,資格取得率,従業員満足度など,様々な業績指標が書かれています。先ほど表1を見た時に,「難しそうだな」と感じた読者もいるかもしれません。このままでは,従業員にとってまずどこから着手すれば良いかがハッキリとしません。そこで,BSCを使用する時には,スコアカードとともに,「戦略マップ」という4つの視点の関係を図示したものを作成します。図1は,表1で考えた戦略目標の関係を戦略マップに表したものです。

図1のように,戦略マップでは,4つの視点で設定された戦略目標同士を矢印で結び,目標間の因果関係を整理します。A社では,従業員が互いに話し合いながら戦略マップを作成しました。議論を行うなかで,学習と成長の視点で設定した「販売員のスキルアップ」という目標を達成することで,同じ視点のもう一つの目標である「従業員のモチベーション向上」や,内部プロセスの視点の「迅速な商品配送」,「接客業務の改善」という目標の達成へと進めることが確認できました。次に,内部プロセスの視点の2つの目標を達成することで,顧客の視点の「新商品の提供」,「顧客満足の向上」という目標の達成へと進むことができ,最終的に,財務の視点の「収益性の増大」という目標を達成できることが分かりました。このように,戦略マップは,企業が最終的に達成したい財務的な目標に至るまでの道筋(因果関係)を表しています。

戦略マップを使用することで,スコアカードを作成しただけでは理解が難しい4つの視点の目標同士の関係を視覚的に把握できます。戦略マップは,企業の戦略を具体的なストーリーで従業員に伝えるだけではなく,実際に活動を行った後に,業績指標同士の関係が適切であったかどうかを検証するために使用することもできます。

企業経営でBSCにはどのような効果があるか

企業の経営上,BSCを実施することにはどのような効果があるかを考えてみましょう。スコアカードや戦略マップを使用することで,企業の戦略を従業員に理解してもらうのに役立ちます。企業の戦略を経営陣だけで実現するのは難しく,従業員によって行われる活動の積み上げが重要になります。そこで,まず企業が中長期的に到達したい状況を従業員が業務のなかで理解できるように個別の目標や業績指標に具体化していく必要があります。また,A社の例で見たように,ROI,新商品導入件数,顧客満足度,納期遵守率,改善件数,資格取得率,従業員満足度といった業績指標やこれらに関連した実施項目について,従業員が互いに議論を重ねながら各業務に適したものが設定されます。このように,BSCを用いて従業員同士のコミュニケーションを活性化することができれば,各業務で達成すべき目標や,企業全体で中長期的に目指す到達状況に対する理解も深まります。

さらに,BSCは,企業が行う様々な活動に対する優先順位付けを行う時にも役立ちます。BSCは,4つの視点での重要な戦略目標を特定し,それらの因果関係を検討することで,財務的な成果を実現するまでの道筋を明らかにするというツールです。別の言い方をすると,BSCでは,企業の戦略を実現するために重要度が高い活動が何かを判断していることになります。BSCを用いることで,重要度が高い活動から優先的に資金を配分するなど,効率良く資金管理を行うことも可能になります。

おわりに

ここまでBSCを取り上げ,財務情報と非財務情報を用いて企業の業績を多角的に管理する方法について考えました。BSCを作成することで,従業員は,財務,顧客,内部プロセス,学習と成長の各視点における戦略目標,業績指標や,それらの関係性を検討します。お互いの議論を通じて,従業員は,自社の戦略に対する理解を深めたり,最終的な到達状況までの道筋をイメージしたりします。このように,企業の活動に適した財務情報と非財務情報を用いることで,企業が到達したい目標を従業員同士が共有し,その達成に向けた活動を促すことができるのです。

なお,今回は企業内部に焦点を当てて説明してきましたが,近年では,投資家などの外部に向けて情報を発信する場面でも,財務情報とともに非財務情報に関する説明が重視される傾向にあります。今回のコラムを参考に,企業がどのような業績指標を重視しているかに注目していただくことで,企業の経営に対してこれまでとは違った発見ができるかもしれません。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

<執筆者紹介>
井上慶太(いのうえ・けいた)
東京経済大学経営学部准教授。
一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了。博士(商学)。
成蹊大学助教、東京経済大学専任講師を経て現職。
専門は、管理会計と原価計算。主な著書には、『実務に活かす管理会計のエビデンス』(分担執筆、中央経済社)、『基礎から学ぶ企業会計』(分担執筆、中央経済社)などがある。
井上慶太先生


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