濵村純平(桃山学院大学経営学部准教授)
【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!
前回に引き続きこんにちは、濵村純平です。
私はいろんな研究に手を出していて「なんの専門家やねん」といわれます。
今回は管理会計の専門家ぶるために、管理会計の専門家が最初に思いつきそうなニュースを取り上げます。普段は逆張りな私ですが、逆張りの逆張りということで、このあと書く管理会計学者のみなさん、すみません。
またまた質問です
あるラーメン屋に「大盛ラーメンを20分以内に完食したら5万円!ただし、失敗したら罰金5万円!」とありました。これに挑戦してみます。出てきたラーメンは二郎系もびっくりの麺1kg。挑戦するための個室に押し込まれ、チャレンジがスタートです。
しばらくすると、店員さんがほかの仕事で部屋を出ました。このとき何を考えるでしょうか?
ありうる可能性としては、「食べたことにする」といったズルをするかもしれません。たとえば、麺をこっそり(汚れますが)カバンに入れてもち帰ろうとしたり、トイレに行って麺を流すとかでしょうか。ラーメンへの冒涜ですね。
今回取り上げるのは、「これを達成してください」という無茶な目標が与えられたせいで、従業員がズルをしてしまい、組織がダメになったケースです。
どんなニュースかピンと来た人もいるでしょう。そうです、ビッグモーターに関連するニュースです。このニュースをもとにして、業績評価を考えてみます。
ビッグモーターのニュース
2023年7月29日の日経新聞の『ビッグモーター立ち入り、過大ノルマ、不正招く、「日常的に罵倒」「逆らえぬ」 現場圧迫、改革求める声』をみてみます。ここには、「車両修理1件あたりの工賃と、部品の粗利益の合計額について1台14万円前後とすることが目標とされていた」とあります。要は、数字で具体的な目標が決められていたということです。
ビッグモーターでは、目標が未達の場合、従業員がいろんな不利益を被っていたようです。たとえば記事には「業績を伸ばせなければ降格させられる恐怖感があった」とか、「日常的に罵倒された」とか書かれています。
つまり、何らかの「罰則」が与えられていました。最初のラーメン屋の「食べられなければ罰金」に該当しますね。
その結果、報道されているような不正が起こりました。この記事にも「バンパーを外す際にわざと車体を傷つけるような行為が常態化」したとあります。顧客の利益を無視した行動を従業員がとった例ですね。
測りすぎの問題と業績評価
このケースは『測りすぎ』という本の議論に対応します(ミュラー 2019)。その本は、測定することが不正やズルに誘導してしまう可能性を指摘しています。
今回の例は、まさに行き過ぎた業績評価の弊害です。従業員が課された目標を達成するために悪いことをしました。そうするとリピーターを獲得できず、企業の将来利益を損ねてしまいます。つまり、短期的な利益を重視して、長期的な利益を無視してしまったのです。
ほかの例をみてみましょう。Yahoo!ニュースによると名古屋のビッグモーターで、十分に価値のあるアウディを廃車にするしかないとウソをいわれて、別の車を買わされた例もあります。このウソをつかれた人が、またビッグモーターを使うとは思えません。それだけでなく、このニュースで悪い評判が広がって、ビッグモーターを利用する人が減りました。
業績評価は評価される人の行動を方向付けます。今回の例では、粗利益のノルマを達成する方向に従業員が動機づけられ、企業の長期的な利益を無視してもかまわないという意識を作り出しました。
どうすれば回避できる?
では、どうすればこの問題を回避できるでしょうか。当然、正しい目標の設定が重要です。たとえば、持続的な利益をあげたいなら、1件当たりの利益よりリピーター率を使って評価するのもよいでしょう。
しかし、逆にお客さんに「おもてなし」をし過ぎて、必要以上にお金をかけるかもしれません。そのため、短期的な業績指標(利益など)と長期的な業績指標(リピーター率)をうまく組み合わせなければいけません。
といった方法は誰でも(?)思いつくでしょう。
せっかくなので、ここでは別の方法を管理会計学者っぽく提案してみます。それは主観的業績評価とよばれる業績評価方法です。主観的業績評価は、評価する人の主観的な要素が入ります。
たとえば、ボーナスの半分が前期の営業成績で決まり、残り半分は上司からの定性的な評価で決まるケースです。もちろん、全部主観的に評価するケースや、指標そのものが主観的(イケているかなど)といったケースもあります。
主観には悪いイメージがあるかもしれません。主観と客観の議論をするとき、主観は悪いようにとらえられがちです。確かに主観的業績評価の研究成果でも、主観の悪い面が発見されています。
しかし、良い側面も報告されています。たとえば、アイスクリーム屋さんを考えたとき、冷夏だと業績も悪くなります。ここで主観的業績評価をうまく使えば、「今年の夏は寒かったししゃーない…」となり、思ったよりもボーナスが下がりません。つまり、従業員が目標を達成できなくても、その要因を主観的に考慮して業績に反映できます。そうすると、従業員ものびのび頑張れそうですね。
また、私の大学院の同期の研究では、主観的業績評価は正直な申告を誘発するとされています(北田 2018)。これは先ほどの内容と関連し、もし今期の業績が悪くても、具体的な数字以外にも主観的に評価されていれば、従業員は上司に成績が悪かった事実を正直に報告するというものです。目標を達成できなくても、上司が未達の理由を考慮してくれるなら、そのことを正直にいうわけです。
下のイラストをみてみましょう。営業で20件回れば評価がAになるとき、大雨のせいで実際には15件しか回れなかったとします。そして、上司は部下からの申告を聞いて評価を決めます。そうすると、客観的な評価では部下はウソをついてA評価をもらう誘因があります。対して、主観的な評価がされていて上司が雨を考慮してくれると、正直に15件だと部下が報告する可能性が高まります。
業績評価は使いよう
もし、ビッグモーターが主観的業績評価で目標の未達を考慮していた世界線なら、目標を達成できなくても、上司と従業員で相談して業績の改善につなげられたかもしれません。わざわざ不正をする必要がなかった可能性があります。
私がいいたいのは「数字を使った業績評価が悪い」ということではありません。大事なのは使い方です。業績評価には組織として「どういう方向に行きたいか」が反映されていなければダメです。
なお、今回のコラムでは、業績指標の選択の問題と、目標が難しすぎる(目標設定)という問題の2つが混同されています。より深く学習するときに、これらをわけて議論する必要があることには注意してください。
(おわり)
【参考文献・URL】
ジェフェリー・Z・ミュラー(松本裕訳). 2019. 『測りすぎ―なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』 みすず書房.
北田智久. 2018. 「主観的業績評価がマネジャーの業績報告および努力に与える影響」神戸大学博士学位請求論文.
日本経済新聞「ビッグモーター立ち入り、過大ノルマ、不正招く、「日常的に罵倒」「逆らえぬ」 現場圧迫、改革求める声」
Yahoo!ニュース(記事の元はCBC)「ビッグモーターに「廃車にするしかない」と嘘をつかれ無理に別の車を購入させられたとして提訴 実際は廃車にせず転売か」
<前編はコチラ>
<執筆者紹介>
濵村 純平(はまむら・じゅんぺい)
2017年3月神戸大学大学院経営学研究科にて博士(経営学)を取得ののち、現在は桃山学院大学経営学部経営学科准教授。専門は管理会計・原価計算。詳細はウェブページから参照が可能。
【主な著書】
『寡占競争企業の管理会計』(中央経済社)
『実務に活かす管理会計のエビデンス』(分担執筆、中央経済社)など
【主な論文】
Hamamura, J. 2019. Unobservable transfer price exceeds marginal cost when the manager is evaluated using a balanced scorecard. Advances in Accounting 44: 22-28. など
<書籍紹介>