私の独立開業日誌~税理士 板倉圭吾


自己紹介

 こんにちは、札幌市の税理士 板倉圭吾です。二児の父として「育児も、税理士としての価値提供も妥協しない生き方」を実践しています。自宅事務所でクラウド会計を中心に据えた効率的なバックオフィスの構築をご提案しています。

税理士を目指したきっかけ

 実は税理士は20年越しの夢でした。とはいえブランクだらけです。商学部に進学するも簿記2級で挫折、銀行に就職しました。二度目は(公務員転職後の)28歳から2年連続で財表A判定不合格。試験続行に未練がありながらも、行政官としてのスキルアップのため大学院に進学し、公租公課の徴収などを研究することに。働きながら3年間で修了しました。

 東日本大震災後に石巻労働基準監督署の職員として勤務し、多くの震災遺族と面談をしました。単身赴任中だった私は、家族が一緒に暮らすことを最優先にできる働き方を求め、今度こそ本気で税理士になると決めました。

税理士試験戦略

 すでに大学院で税務論文を執筆していたので、残り税法1科目と会計2科目が必要です。

 そこで目標を「育児をしながら2年で合格」と決めました。4月からでも合格レベルに達せられる科目として国税徴収法を選択し、最速の合格を目指します。試験問題ではいつも国税に劣後する公租公課を司る行政にいたので実感をもって勉強を進められました。

 理論暗記のメインは、自分で読んで吹き込んだ音声を倍速で聞きながら、テキストを目で追う暗記法です。娘の夜泣きをあやしながらでも、歩きながらでも音声での暗記は可能です。

 育児しながらの受験を乗り越えるため、車を手放し、スマホからガラケーにしたうえで電話番号も変え、お酒をやめました。洗車とかメンテナンスの時間がもったいないし、保有コストもかかります。

 結果として、2年で3科目に合格し、同時に論文審査も通過したため5科目合格者と同じ12月に官報掲載されました。

独立開業

 試験に合格し、有資格者として鈴江誠税理士事務所へ転職。念願の実務は毎日充実していました。担当先への訪問や融資の相談など、「即実戦」で成長を感じる日々です。行政経験も加算できたため、すぐに税理士登録も行いました。

 そんな折、母が亡くなりました。それまで私の子供たちの保育園送迎や体調不良時の看護などをサポートしてくれていた母がいなくなったことで、家事育児の負担が増しました。確定申告時期に「娘が高熱を出した」と保育園から電話がきた時には泣きたかった…。そこで決意したのが「自宅で、一人で、開業する」という選択です。

 鈴江所長は担当先一軒一軒に「私がサポートするので今後は板倉事務所で関与させてください」と言ってくださいました。本当に感謝です。


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