【カントクとよばれる税理士】最終回:真夜中を駆けるパッカー車


藤井太郎

【前回まで】
第1話「所得税と筑前煮」
第2話「サンシャイン」
第3話「歌って踊れる税理士をめざして」
第4話「Dear Miss Lulu」
第5話「8年前の合格体験記」
第6話「食堂と税理士」
第7話「アテレコせんせい」
第8話「君がおとなになる頃は」
第9話「ちょっとした事件」
第10話「青春のひとコマ」
第11話「ハッキリしてよ消費税」

いつもと違う世界を見たくなって

9月某日、深夜3時。「カントクとよばれる税理士」は、パッカー車の助手席にぎこちなく乗り込んだ。運転席には、事業者向け一般廃棄物処理業35年の社長。「ゴミ収集の仕事を体験させてください」。顧問税理士の突然の謎めいた申し出に、「どういう風の吹き回しやろか?」と言いつつ快く応じてくれた。朝7時までの4時間、約30ヵ所の集積場からゴミを回収する。

パッカー車はほどなく最初の集積場所に到着する。社長が手際よくゴミ袋をパッカー車に放り込むそばで、僕も足手まといにならないように回収作業を手伝う。シャベルがボタンひとつでゴミ袋をプレスして内部に引きずり込んでいくのをじっと目で追う。

僕は43歳で、税理士になって8年が経つ。ときどき大まじめに、まったく違う仕事がしたくなる。外の世界から自分の仕事を見つめてみたくなる。なるべくデスクワークとはかけ離れた、身体を酷使する仕事がいい。この体験にはそういう意味がある。

移動中の車内では、たくさん話を聞かせていただいた。社長は、この仕事に就く前は、いくつかの仕事を転々としてきた。高校を卒業してはじめての就職先では、入社式後にパンチパーマを注意されたことに腹を立て、次の日から行かなくなった。父親の影響で楽器を始め、地元の観光ホテルで営業に来るプロ歌手のバックバンドとして演奏した時期もあった。

「僕もミュージカルの舞台に立っていたんですよ。6年間、全国の小学校の体育館をドサ回りしてたんです。」

「先生が!? 今日いちばん驚きましたわ。先生は税理士の学校かなんかを出て、この業界でずっとやってきたのかと思ってました。」

20代前半、僕は「やり遂げた」と胸を張れる何かを探していた。最初の数年で「人生は決して自分の思い通りにはいかない」のだと知った。税理士試験は、一生懸命に努力したことがそのまま報われる試験ではない。僕はそう思う。それでも合格したいなら、たとえ思い通りにいかなくても、受験の間に起こるさまざまな出来事と向き合いながら、あきらめずに続ける覚悟が必要ということだ。僕の場合、長い回り道をして「やり遂げる」までに十数年かかった。

税理士は「夢」のある仕事

パッカー車は寝静まった街を駆ける。ホテル、飲食店、コンビニ、病院、介護福祉施設……作業は場所ごとに少しずつ違う。苦労の多い仕事だ。正月の伊勢神宮周辺の飲食店から出る大量のゴミを見ると、毎年途方に暮れるそうだ。「にぎわいのウラ」で、ひっそりと。やがてパッカー車は休憩地点にたどり着く。夜明けの缶コーヒーがやたらとウマく感じる。

「どうして、また試験を受け直そうと?」

「劇団の活動は、経理や税務も必要なのですが、劇団にはその類の事務に明るい役者はいなかった。そこで僕に回ってきた。嫌気が差して投げ出した仕事で、すごく感謝された。それが新鮮で、僕ははじめて、税理士の仕事は世の中の役に立つんだと思えたんです。」

僕は劇団のバックオフィスの大部分を担うようになっていった。役者でありながら「舞台のウラ」で、劇団を縁の下で支える仕事にやりがいを感じていた。困っている人の役に立ち、相談者のためになるのであれば、仕事は断らない。そのスタンスは税理士となった今も変わらない。

長いゴミ収集のキャリアの間に、風変わりな依頼が舞い込むこともあったという。「数十万円相当の商品を、誤ってゴミとして出してしまった、回収したゴミをすべて開封させてほしい」と。社長は仕方なく許可する。ゴミ袋から毛皮のコートが出てきたときの当事者の安心といったら、はかり知れない。

昨今の新型コロナウィルスの感染拡大で、とくに医療機関から出るゴミには、正直少し怖さもあるのだそうだ。逆に、ゴミの量が激減した飲食店に対しては、社長自ら、値下げを提案することさえあった。エッセンシャルワーカーでありながら収入減の影響もある。こういう仕事にこそ、僕は税理士として力になりたいと思う。

困っている経営者の力になること。長い年月をかけてサポートした会社の成長を実感すること。相続や争族の解決に寄与すること。それらは税理士としてのやりがいである。

僕は長い間、演劇を通して、こどもたちに、夢を持つことや、友情を育むことの大切さを伝えてきた。僕の税理士としての原点が役者としての活動であったからこそ、思っていることがある。役者には「夢」がある。税理士は「夢」のある仕事だろうか……?

税理士は「夢」を計算する仕事

黒いポリ袋には、契約とは異なるゴミが混ざっていることもあるという。音、重さ、臭い、長年の“勘”ですぐにわかる。メッセージカードで注意喚起したり、責任者に直接、口頭で改善を願い出る。それは街をきれいにするためでもある。テレビのドキュメンタリー番組で、あるゴミ収集員が言っていた。「誇りをもって、自分はこういう仕事をしているんだっていうのをカッコいいって言われるように。だからゴミは夢ですよ」と。ゴミと同じように、人から疎まれるもの……「税と同じだ」僕は思った。

僕はこれまで、「税」をテーマとした数々の授業やイベントに携わってきた。小学生からおとなまで、やり方は違っても、つねに「人はどう税と向き合うべきか」を問い続けてきた。僕は税理士として「税」のイメージを変えたかった。「税」という嫌われ者を、僕が歩んできた生き方のすべてをかけて、ほんの少しでも救いたいのだ。

授業での生徒たちの真剣なまなざし、素直さ、周囲を思いやり、ときには国を憂う気持ち。おとな向けイベントでは「内容もすごくわかりやすく、話し方もわかりやすくて感動しました。本当にすごかったです」と言ってもらえた。普段の仕事ではなかなか味わえない、心洗われるような体験だった。そこにはたしかに「夢」があった。

ゴミ回収を通して、街をきれいにするという夢。税を通して、困っている人の役に立つという夢。だから、税は夢なのだ。僕たち税理士は、夢を計算しているのだ。心の中でつぶやき、ひとり苦笑する。

パッカー車は深夜の作業を終え、出発地点に到着する。人から疎まれるものを取り扱う仕事をする、社長と僕の邂逅は終わる。

「毎日、なんかええことはないかな~と思いながら、続けとるんですわ」

暑い日も寒い日も雨の日も雪の日も、たとえ何が起ころうと、社長が運転するパッカー車は出動しつづける。そこに生活があり、ゴミがあるかぎり。

世の中にはいろいろな仕事がある。税理士は、その気になりさえすれば、いろいろな仕事を体験することだってできる。そして外の世界から税理士の仕事を俯瞰すると、見えてくることもある。すべての仕事に、やりがいがあり、理不尽さがある。迷い悩みながら、純粋な気持ちで向き合いつづけることを忘れてはいけないのだと思う。

「カントクとよばれる税理士」は、シャワーを浴び、Yシャツに着替え、いつものように税金の計算に出かける。9月の太陽に目をしかめ、次なるくわだてに思いを馳せていた。

(おわり)

〈執筆者紹介〉
藤井 太郎(ふじい・たろう)
1977年三重県伊勢市生まれ。亜細亜大学法学部法律学科卒業。2015年藤井太郎税理士事務所開業。夢団株式会社会計参与(http://www.yumedan.jp/)。東海税理士会税務研究所研究員。


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