
ぶーちょ
はじめに
会計人コースweb読者の皆様、おはようございます。こんにちは。あるいはこんばんは。
ぶーちょです。
中小企業の非上場グループ企業で13年、上場グループ企業で5年、合計18年で7社を転々としている野良の経理マンです。
平たく言えばそこらへんに転がってる普通のオッサン経理マンです。
早いもので気が付けば6回目の連載になりました。
過去の記事はこちらです。
第1回:決算実務
第2回:社内規程
第3回:年間スケジュール
第4回:月次決算
第5回:資金繰り表の作成
本記事では、中小企業経理部の「はじめてのPMI実務(M&Aした後の雑務)」について解説したいと思います。
| ※PMIとは、Post Merger Integrationの略です。 Post:~後の Merger:合併 Integration:統合 直訳すると「合併後の統合」です。経営方針や組織、会計処理、業務フロー、システムなどを統合・整備していく取り組みのことです。 |
前提条件
まずは前提条件です。
本記事は、次のような環境の中小企業経理部を想定しています。
| ・中小企業(売上10億円~300億円) ・経理のスタッフは自分も含めて5名以下 ・非上場会社(上場会社の関連会社でもない) ・親会社・子会社の双方が非上場会社 ・株式取得や事業譲受けした後の統合作業 ・親会社が子会社の管理業務を引き継ぐ ・子会社のバックオフィス業務は外注 ・事業部門の統合作業は対象外 |
つまり、私がこれまで働いてきたような「ふつうの中小企業経理部」が前提です。
M&Aのあとに血を流すのは決まって経理部門
「M&A」と聞くと、企業価値の向上やシナジー効果、新しい事業領域への進出といった、キラキラした話を想像するかもしれません。
しかしM&A成立後の管理部門で待っているのは、銀行印や通帳の回収、ネット環境の整備といった泥臭い作業ばかりです。
何ヵ月も放置されている月次決算。
そこら中に散乱している契約書。
灰皿の横に転がっている銀行印。
自社のコーポレートサイトで発表した「キラキラM&A」の裏側では、経理パーソンが実印とパスワードを探して走り回っています。
もちろん、もともと自分自身が担当している経理業務も目の前にあります。
作業量が2倍に増えても、経理部員は増員されません。
外部コンサルを利用したいだと?これ以上M&Aにかける予算があるわけないだろ!いい加減にしろ!
非上場会社の中小企業でも、M&Aの案件は大なり小なり舞い込んできます。経理として働いていると、一生のうち1度や2度くらいはM&Aを経験するかもしれません。
そして、そのとき実際に手を動かし、血を流すのは決まって経理部門です。
1.まずは現場へ行って顔合わせ
PMIの最初の作業は、現場への挨拶です。
M&Aが決まるのはある日突然、事前になんの情報も入ってきません。
M&Aの話が舞い込んできたら、日を置かずに現場へ足を運びます。
M&Aが決まると、買収された側は少なからず不安を感じます。
関係者はそこで働く従業員だけでなく、その家族も含まれます。
なかには、子どもが生まれたばかりの従業員もいるかもしれません。
「親会社からどのような人が来るのか。」
「今までの仕事のやり方をすべて否定されるのではないか。」
「給与や待遇が下がるのではないか。」
会社を買収された側にとって、買収した会社の我々は、必ずしも歓迎される存在ではありません。そこで、最初から「親会社のルールに従え」と上から目線で指示を出すと、反発を受けて、業務の引継ぎにも協力してもらえなくなります。
あくまでも、これから同じ釜の飯を食べる仲間として接します。
一緒に食事をしながら話を聞くだけでも、その後のやり取りが円滑になります。
ゴールは、親会社の強さを見せることではありません。
滞りなく業務を回せる状態にすることです。
仲良くなって損することはありません。
2.業務のキーパーソンを探す
顔合わせが終わったら、現状の把握です。
現場に足を運んで、一人一人から話を聞き出します。
書類を眺めているだけだと、実際の業務は分かりません。
小規模な会社では、業務が特定の従業員の頭の中にしかないことがあります。
たとえば、次のような状態です。
| ・経理関係は野茂さんに聞けばだいたい分かる ・給与計算は鈴木さんしか分からない ・取引先との契約は大谷さんが全部知っている |
このように、誰に何を聞けば話が早いのか、キーパーソンを把握しておきます。
会社の創業時から働いている「歴史の生き証人」のような従業員がいれば、大きな助けになります。
ただし、長年働いている人の説明が、必ずしも正しいとは限りません。本人の記憶と業務の実態が違うこともあります。
もちろん話を聞くだけでなく、契約書、請求書、賃金台帳、会計データなどの証拠資料と突き合わせして確認します。
また、「誰も担当していない業務」が見つかることもあります。
PMIでは、担当者がいる業務だけでなく、「担当者がいない業務」も探す必要があります。
3.やることリストを作る
現状を把握したら、「やることリスト」を作成します。
PMIの作業は多岐にわたるため、思いついた順番で処理していると、重要な期限を見落とすこともあります。まずは、止めてはいけない業務から優先順位をつけます。
心構えは、「自分がこの会社の社長ならどうするか」と考え、やれることは全部やることです。
すべてを自分一人で抱え込むという意味ではありません。必要な担当者を巻き込みながら、会社や部門の壁を越えて、最後まで手綱を握ります。
「誰かがやってくれるだろう」では、だいたい誰もやってくれません。
4.総務・法務関係のやること
総務・法務関係では、次のような内容を確認します。
| ・各種登記の変更手続き ・各種許認可の変更手続き ・印鑑証明書、印鑑カードの回収 ・実印、銀行印、角印、ゴム印の改印・作成 ・各種契約書の有無、代表者名や社名の変更 ・PC、携帯電話、複合機などの貸与品の有無 ・法人用クレジットカードの有無 ・文房具や備品類の発注方法の確認 ・メールアドレス、ドメイン、共有フォルダ ・社内コミュニケーションツールのアカウント作成 ・社内ワークフローシステムのアカウント作成 ・ホームページ、名刺、パンフレットの作成・更新 ・入退館方法、防犯設備、ロッカーの鍵 ・顧問弁護士、行政書士、司法書士などとの契約 |
書類が整理整頓されていることはまずないでしょう。
散らかってるものは仕方ありません。自分で綺麗に整理整頓するのです。
各種契約書もないと思います。これも自分で作成します。
顧問弁護士さんに丸投げするよりは費用を抑えられます。
その他、Wi-Fiや複合機など、あって当然だと思っている環境がなかったり、特定の従業員の個人契約というケースもあります。
5.人事・労務関係のやること
人事・労務関係では、次のような内容を確認します。
| ・従業員名簿 ・組織図 ・就業規則、賃金規程、退職金規程 ・雇用契約書、労働条件通知書 ・賃金台帳 ・勤怠管理表 ・給与計算方法 ・有給休暇の残日数と買収後の取り扱い ・給与の振込口座と支給方法 ・社会保険・雇用保険の手続き状況 ・年末調整の方法 ・福利厚生や貸与品 ・社員寮や社宅の契約 ・従業員への貸付金 ・未払残業代の有無 ・勤怠・給与システムへの追加 ・社労士との契約内容 |
就業規則は、もちろんないと思います。
法律の範囲内で、実態に合わせて自分で作成します。
最も重要なのは、直近の給与を遅滞なく支払うことです。
直近の給与をちゃんと遅滞なく払えるかどうかは超超超超超超超重要です。
給与だけを払っていればすべて問題ないわけではありません。
しかし、給与が払えなければ、すべてアウトです。
また社労士さんや税理士さんとの業務範囲の確認もしておきます。
入退社に伴う社会保険の手続き、退職時の源泉徴収票の発行など、細かい手続きの役割を誰がやってるのかを確認しておきます。
6.経理関係のやること
経理関係では、次のような内容を確認します。
| ・顧問税理士の業務範囲 ・記帳、月次決算、税務申告の担当者 ・直近までの月次決算の進捗状況 ・法人税、消費税、償却資産税などの申告・納付状況 ・科目内訳明細書に記載されている内容の把握 ・売上や仕入の管理帳票 ・固定資産台帳 ・会計・固定資産管理システムへのデータ移行 ・法人用クレジットカード ・金融機関の担当者 ・銀行口座の代表者変更 ・銀行印、通帳、キャッシュカードの回収 ・ネットバンクの開設・権限の変更 ・借入金と返済計画表 |
小口現金は、もちろん数えてないと思います。
経理パーソンには考えられないかもしれませんが、これが「ふつうの人」の感覚です。
小銭が空き瓶に詰め込まれていたり、お金の入った封筒が積み重なった請求書の中から出てくることもあります。
また、会計処理を顧問税理士へ外注している会社では、期末付近まで仕訳が1つも入っていないこともありえます。
M&A後は自社で経理を内製化することになります。月次決算が最低限組めるレベルに持っていくことが目先のゴールです。
7.事業部関係のやること
PMIの作業を進めていると、事業部に関する課題も出てきます。
| ・顧客、仕入先、外注先の一覧 ・主要な取引契約 ・売上・仕入の管理方法 ・請求書の発行方法 ・許認可や営業上の届出 ・在庫の管理方法 ・営業担当者や現場責任者 |
事業部の業務は、管理部門だけでは分からないことも多いです。
無理に自分ですべてを処理するよりも、親会社の事業部側に担当者を立てる方が早く進みます。 全部を自分でやる必要はありません。
ただし、「事業部の担当者に任せました」で放置すると、経理処理に必要な情報がいつまでたっても届かないことがあります。
手綱だけは離さないように進捗の管理だけはしておきます。
8.月次決算の内製化が目先のゴール
PMIの第一段階のゴールは、買収した会社の月次決算を締めて、経営層へ業績を報告できる状態にすることです。
経営層が真っ先に知りたい情報は、買収した会社が、買収前に聞いていたとおりの業績を出しているかどうかです。
| ・売上は計画どおりか ・利益または赤字は想定の範囲内か ・一時的な費用はどの程度発生しているか ・資金の手当てが必要か ・買収前に把握していなかった債務はないか |
最初から、親会社とまったく同じ精度、同じスケジュールで月次決算を組むのは難しいと思います。
まずは暫定的な処理や概算額を使用してでも、一定の期限までに月次業績を報告します。
個人的には多少納得のいかないレベルの試算表だったとしても、「どこが暫定的で、どこまで信用できる数字なのか」を説明するだけでも経営層の安心に繋がります。
9.変化が見えるクイックヒット
PMIでは、システム統合や規程改定のような大きな作業だけでなく、短期間で効果が出る小さな成果物も重要です。
こうした取り組みを「クイックヒット」と呼ぶことがあります。
数ヶ月もかかる改革ではなく、すぐに実行できて、関係者に変化を実感してもらえる取り組みです。少しでも「進んでる感」があると、関係者のモチベーションを保ちやすくなり、PMI全体の勢いも止まりにくくなります。
| ・有給休暇を申請しやすくする ・残業をつけてもいいようにする ・夏場の空調を28度以下に設定してもいいようにする ・裏紙ばかり使わなくてもいいようにする ・自腹で購入していた備品を会社負担にする ・会社名義のスマホを貸与する ・Wi-Fiの環境を整備する |
新卒から一つの会社に長く勤めていると、社内で当たり前とされている慣行を疑う機会が少なく、「会社の常識が、社会の非常識」といった文化が残っていることがあります。
少額の支出で作業効率や職場環境が改善できるなら、早めに対応した方がいいです。
働く環境が少し改善するだけでも、「グループに入ってよかった」と感じてもらえることがあります。
一方的に親会社のルールを押しつけるよりも、目の前の不便を一つ解消する方が、従業員との信頼関係につながります。
まとめ:戦場で血を流すのがPMI
PMIは、計画書を作って進捗を管理しているだけでは進みません。
現場へ足を運び、話を聞き、資料を探し、ときには作業着を着て現場スタッフと一緒に水揚げされたばかりの魚を仕分けすることもあります。
PMI作業を実際にやってみると、会計の仕訳を切るだけで、すんなり終わることはありません。
大切なのは、「自分がこの会社の社長ならどうするか」と考え、会社や部門の壁を越えて、やれることは全部やることです。
PMIには、会計や税務、法務、労務の知識だけでなく、関係者を巻き込む行動力、現場の人たちと同じ目線で働く姿勢が求められます。PMIが終わった後の付き合いの方が、はるかに長く続きます。現場で一緒に汗を流した経験は、その後の信頼関係を築く土台になります。
泥臭い作業ばかりで、キラキラした話はありませんが、買収後に滞りなく業務を回すためには、欠かすことのできない「雑務」です。
【プロフィール】
ぶーちょ@野良経理
窓際にも座らせてもらえないバツイチ野良経理
経理歴18年/上場会社・経理財務部長
京都府出身。1985年生まれ。
経理部のコピー係からキャリアをスタートし、業務システムメーカー、町工場の一人管理部を経て上場会社へ転職。東証グロース・スタンダード上場の2社を経験したのち、現在の会社へ。
X(旧Twitter)やnoteでは、うだつの上がらない30代のオッサン経理マンに向けて、非上場会社の経理実務について発信。
X(旧 Twitter):@buchok_dojo
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