【連載・第1回】伝わる!ピッチデックの作成ガイド


【編集部より】
ますます注目が増すスタートアップ企業。資金調達、マーケティング、人材採用など、ビジネスモデルを説明するさまざまな場面で、「伝わるピッチデックを作れるかどうか」がカギとなります。とはいえ、そもそもピッチデックとは何か? 事業計画書とはどう違うのか? ぼんやりしたイメージのままでは、よい資料には仕上がりません。
そこで本連載では、公認会計士として多くのスタートアップ企業をサポートし、ピッチデックの作り方についてもセミナーを行う大野修平先生(公認会計士・税理士)にその作成ノウハウを教えて頂きます。

そもそもピッチデックとは?

今回から本連載「ピッチデックの作成ガイド」を担当することになりました、公認会計士・税理士の大野修平です。

読者の方の中には、そもそも「ピッチデック」とはなんぞや?という方もいらっしゃると思います。

ピッチデックとは、スタートアップにより作成される、スタートアップのビジネスモデルを言葉と画像とで端的に説明する資料です。

ピッチデックは投資家に向けて作成されることが多いですが、資金調達だけでなく、リクルーティング、マーケティング、業務提携など、スタートアップが関係づくりをしたい様々な利害関係者に提供されます。

つまり、ピッチデックとは「スタートアップのビジネスを人に説明するだけでなく、それに興味をわかせ、(出資や転職や購買などの)行動を起こさせるためのツール」なのです。

ピッチデックの種類

ピッチデックには、以下の2種類があります。

① ミーティングやピッチコンテスト、イベントなど、スタートアップと投資家が会する場所において、口頭でのプレゼンを補足するための10~20ページほどのスライド資料
② 起業家がその場にいなくても、読んでわかる詳細な資料

本連載で取り扱うのは、主に①のほうですが、①を作成する場合でも、②のようにまずは詳細な文章に落とし込むことをおすすめします。

文章にすることで、各パートのつながりや矛盾点が明らかになるからです。

まずは②を作成して不要な部分を削ぎ落とし①を作っていくのでも、逆に①を作成しそれに肉付けして②を作っていくのでも構いませんが、必ず②を意識して作成するようにしましょう。

本連載においても、なるべく各項目を詳細に説明したいと思います。

事業計画書との違い

ビジネスモデルを説明する資料といえば、ピッチデックではなく事業計画書を思い浮かべる方も多いと思います。

確かにピッチデックと事業計画書は似ています。構成要素として両者に共通するものもあります。

ただし決定的に違うものがあります。

それは「柔軟性」です。

事業計画書では市場分析や競合分析をしたあと、それに基づいてマーケティングや設備投資、事業オペレーションの詳細な計画を立てます。

それにより、売上と原価・費用の関係が決まり、利益が計画されます。時にそれは数百行に及ぶExcelファイルと数十ページに及ぶWordファイルとして表現されます。

ひとたび事業計画書が作成されれば、あとはそれを実行するのみです。つまり事業計画書は実行のための指針なのです。

ただし、そのように詳細かつ複雑に策定された事業計画書は非常に硬直的です。

外部環境や内部環境が変化したときに、すぐに作り変えることができません。どの数字がどの数字に影響を与えるのか、作った本人すらあやふやになってしまい、計画の修正が後手後手になってしまうことも多いです。

「おっと、この新しい技術は我が社に確実に影響を与えるが、その場合どの数字を変えれば良いんだ?これを変えるとここも変わるのか?……まあ、影響は軽微なはずだ、そんなことより他にやらなければいけない仕事があるんだ」

そんな感じで後回しにされることも多いです。

ピッチデックの柔軟性

この点、ピッチデックは柔軟です。目まぐるしく変わる現代の外部環境に応じてすぐに作り変えることができます。

そして、環境だけでなく自身についても変化の多いスタートアップにとって、ピッチデックの柔軟性はとても相性が良いのです。

スタートアップに必要なのは硬直的な実行の指針ではなく、変化に応じたビジネスモデルの探索であり仮説検証です。

ピッチデックは大抵の場合、パワーポイントなどで複数のスライドとして作成されます。

検証された仮説に応じてビジネスモデルの変更が必要な場合も、スライドをさっと入れ替えることですぐに最新の結果を反映した資料に修正することが可能です。

そして、スタートアップは修正された資料をもとに新たなストーリーを語ります。常に最新のストーリーを受け手に届けることができるのです。

変化の早い現代の中でも、桁違いなスピードの世界にいるスタートアップと投資家にとって、1ヵ月前のストーリーに意味はありません。

昨日明らかになった、新たな検証結果が今日のプレゼンに反映されている。それを可能にするのがピッチデックなのです。

ピッチデックの構成要素

ピッチデックの構成要素に決まったものはありません。

ただ、ビジネスモデルを説明し、聞き手に行動を起こさせるというピッチデックの目的から、最低限含めておくべき項目というものは存在すると思います。

私がスタートアップにアドバイスする際の構成要素を挙げれば、以下のようになります。

  • オーバービュー
  • 環境
  • ペインとターゲット
  • 解決策と提供価値
  • 市場規模
  • 競合との優位性
  • 収益モデル
  • チャネルとプロモーション
  • トラクションとKPI
  • チーム
  • 資金使途
  • Appendix

本連載では次回以降、資金調達を目的とするピッチデックの作成を前提に、各項目について詳細な説明をしていきたいと思います。
ピッチデックを作成しようとしている方は是非参考にしてみてください。

本連載スタートにあたって

最後になりましたが、連載の最初ですので簡単に自己紹介を。

私の公認会計士としてのキャリアの出発点は2008年に入社した監査法人トーマツでした。
トーマツでは金融部門に所属し、銀行・保険・証券という金融機関の監査に従事していました。トーマツで働きながらもその頃からスタートアップ(当時はスタートアップという言葉は日本には定着しておらず「ベンチャー」と呼んでいましたが)の人たちの熱量には惹かれるものがあり、イケてるスタートアップの噂を聞きつけてはアポイントを取り、話を聞きに行ったりしていました。

2010年には磯崎哲也さんの『起業のファイナンス』(日本実業出版社)の初版が出版されたり、トーマツベンチャーサポートに斎藤祐馬さんが参画されたりと、スタートアップの機運が高まってきている頃、スタートアップ支援に興味を持っている会計士やVCの方たちと一緒に、定期的に勉強会などを開催していました。

我々にとって最も馴染み深い会計業界関連で言えば、2013年頃、取引データから記帳をすることができるという触れ込みでfreeeというサービスのスタートアップ(当時はCFO株式会社という社名だったと思います)の話を耳にし、彼らの小さなオフィスに話を聞きに行ったことも思い出されます。

そんな起業家たちに触発されるように私もトーマツを退職し独立しました。

多くの会計士がそうであるように、独立とともに税理士登録をしていわゆる開業税理士となったわけですが、今まで税務なぞしたこともない一会計士が、数万人の税理士の先輩方の中で「税務申告を任せて下さい」と言えるほど(まだ)面の皮も厚くありませんでした。とはいえ稼がねば生きていくこともままならないわけですから、「何か武器がなければ」と焦っていました。

前述の通り、トーマツ時代には金融部門にいましたので、中小企業の融資の支援はニーズがあるのでは?と思い「融資などの資金調達のお手伝いします」と謳って、少しずつお客様を獲得していきました。

これが意外と好評で、お陰様でたくさんの中小企業の融資をお手伝いさせていただき、その経験の中で私自身もいろいろなノウハウを身につけることができました。

そんな折、とあるスタートアップから「ウチの調達も手伝って下さい」と連絡がありました。

スタートアップの調達なので私はてっきりエクイティの調達だと思っていたのですが、話してみるとデット・ファイナンス、つまり融資を受けたいと。

当時まだスタートアップがデットでファイナンスするという事例は少なかったですし、多くのスタートアップも資金調達といえばエクイティしか頭の中になかったと思いますが、ダメ元で日本政策金融公庫からの調達を支援しました。

そうすると、意外にも公庫の人もスタートアップに理解を示してくれて、2,000万円の経営者保証なしという調達をすることができました。

それを機に中小企業だけでなくスタートアップにも融資の支援を行うことが増え、スタートアップがデットで調達する際のコツのようなものも肌感覚として身についていきました。

スタートアップのデット・ファイナンスをしている会計士というのは、当時ほとんど存在せず、そのお陰で様々なアクセラレーター(スタートアップを支援する団体等)にメンターとして携わらせていただいたり、ピッチコンテストやデモデイ(アクセラ等の成果発表会)の審査員に呼ばれることも増えました。

多くのスタートアップのピッチデックを見る機会も増え、「このピッチは良いな」とか「ここを変えたらすごく良くなるのに」とピッチの良し悪しもなんとなくわかるようになってきました。

長くなりましたが、これが本連載を書くに至った経緯です。

これまで数多くのスタートアップのピッチデックを見てきた経験を踏まえて、良いピッチデックに共通する要素を抽出して皆さんにお届けしたいと思います。

半年ほどの連載となる予定ですが、よろしくお願いいたします。

<執筆者紹介>

大野修平(おおの・しゅうへい)

公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター
大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験がある。また、スタートアップ企業の育成・支援にも力を入れており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
・Xアカウント(@Shuhei_Ohno

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