大野修平(公認会計士・税理士)
【編集部より】
ますます注目が増すスタートアップ企業。資金調達、マーケティング、人材採用など、ビジネスモデルを説明するさまざまな場面で、「伝わるピッチデックを作れるかどうか」がカギとなります。とはいえ、そもそもピッチデックとは何か? 事業計画書とはどう違うのか? ぼんやりしたイメージのままでは、よい資料には仕上がりません。
そこで本連載では、公認会計士として多くのスタートアップ企業をサポートし、ピッチデックの作り方についてもセミナーを行う大野修平先生(公認会計士・税理士)にその作成ノウハウを教えて頂きます。
<本連載バックナンバー>
第1回:「そもそもピッチデックとは?」
第2回:「オーバービューの主要な構成要素」
第3回:「環境セクション」
第4回:「ペインとターゲット」
第5回:「解決策と提供価値」
第6回:「市場規模」
本連載第1回では、「ピッチデックとは何か」、そして「ピッチデックと事業計画書との違い」、さらには「ピッチデックの構成要素」などをお話しました。
私がスタートアップにアドバイスする際の「ピッチデックの構成要素」を再度示すと、以下のようになります。
<ピッチデックの構成要素>
・オーバービュー
・環境
・ペインとターゲット
・解決策と提供価値
・市場規模
・競合との優位性
・収益モデル
・チャネルとプロモーション
・トラクションとKPI
・チーム
・資金使途
・Appendix
もちろん、毎回この形になるとは限りませんし、目的によっては大きく構成を変えることもあります。
とはいえ、一定の「型」示すことは、多くのスタートアップに役立つと思いますので、今回より各構成要素を詳しく説明していきます。
というわけで、まずは「オーバービュー」から。
スタートアップの今後の運命を決定づける!?
オーバービューは、ピッチデックの最初に位置するセクションで、企業やプロジェクトのエッセンスを簡潔に伝えることが求められます。
とはいえ単なる概要ではなく、この部分で聞き手の注意を引き、興味を持ってもらうことが重要です。
スタートアップにとって最初の印象は、今後の運命を決定づける可能性があるのです。
オーバービューにおいて、企業のアイデンティティ、ビジョン、ビジネスコンセプト、独自性を明確に提示できたなら、その後の交渉はスムーズに進むでしょう。
皆様はTinderというサービスをご存知でしょうか? ソーシャル系のマッチングアプリで、気になる人との出会いを創出するサービスです。
会計人コースWebでの連載として適切な例かどうかはわかりませんが(私も受験生でしたので、受験生とマッチングアプリが縁遠いものであることは理解しています)、そのTinderの初期のピッチデックは、ショートムービーのような数枚のスライドで、「Tinder(当時はMatch Box)がどんな課題をどのように解決しようとしているのか」を簡潔に説明している、秀逸なオーバービューです。
(インターネットで検索すると実物のスライドを見つけられると思いますので、興味のある方は探してみてください。)
このように、聞き手を強烈に惹きつけ、「つかみ」が決まれば、その後の資金調達や業務提携などの交渉もスムーズに行くことは想像に難くないでしょう。
オーバービューの主要な構成要素
それでは、このオーバービューのパートに、どのような要素を含めれば良いのでしょう。
例えば以下のような要素があれば、聞き手の疑問を解消し、興味を惹きつけることができるでしょう。
- 企業のアイデンティティ
企業名やロゴを明確に示し、ブランドアイデンティティを表現します。 - ビジョン
企業の目的、目標、ビジョンを短く、印象深い言葉で表現します。 - ビジネスのコンセプト
何をする企業なのか、どのような価値を提供するのか、どの業界を主戦場とするのかを簡潔に説明します。 - 独自性
他社との違いや独自の画期的なアプローチを強調します。
もちろん、この全てを含めなければならないというわけではありません。
また、Match Boxのように、各項目を明示せずともストーリーテリングによって間接的に伝えることも効果的でしょう。
ボリュームやスライド枚数についても「こうすべきだ」というものはありません。ただ、この後に本編が続いていくわけですから、なるべく簡潔に企業のアイデンティティ、ビジョン、ビジネスコンセプト、独自性を伝える工夫をすべきでしょう。
オーバービュー作成のヒント
とはいえ、あまりに「自由に作れば良い」では迷うでしょうから、いくつか作成のためのヒントをお伝えしたいと思います。
- シンプルにする
繰り返しになりますが、詳細な情報は後のセクションで提供しますので、オーバービューは簡潔かつ明瞭にします。 - 聞き手にわかりやすくする
聞き手は背景情報を知りません。もちろん専門用語もわかりません。
聞き手にとって身近な話題からはじめ、意外性のある解決策をビジョンとともにわかりやすく説明します。
この点に配慮がなければ、その後のピッチの全てにおいて聞き手は取り残されてしまいます。 - 視覚的に魅力あるものにする
オーバービュースライドは視覚的に魅力的でなければなりません。デザインや色彩だけでなくフォントにまで気を配ってください。
特に最近のスタートアップのピッチ資料は見た目の洗練度が上がってきていると感じています。目の肥えた受け手が満足するようなデザインを意識することは(ときに内容の素晴らしさと同じくらいに)重要です。 - スローガンやキャッチフレーズを入れる
企業のビジョンやアイデアを一言で表現するキャッチーなスローガンやフレーズを考えてみてください。
例えば、「最も{早い/安価な/使いやすい/簡単な/楽しい}◯◯」と言い切れると良いですね。
また、「〇〇業界の✕✕」のような形で、著名なサービスに例えることは、背景情報を知らない投資家に素早く情報を伝えるのに有用です。
(例)アート業界のメルカリ、薬業界のウーバーイーツ - ストーリーテリングの要素を含める
オーバービューにストーリーテリングの要素を取り入れることで、聞き手の感情に訴え、記憶に残りやすくなります。
サービスを説明するのではなく、ターゲットのペイン(悩みの種)を解決するストーリーを語りましょう。
ストーリーテリングは前述の背景情報の共有にも大きく役立ちます。 - ビジネスの独自性を強調する
他社との違いを簡潔に述べ、「なぜあなたのビジネスが特別であるか」を強調してください。
ビジネスは結局は競争です。競合他社とどのように違うのかは非常に重要な論点です。
間違っても、「競合はいない」などと言わないで下さい(これについては、本連載次回以降で「競合との優位性」を取り上げる際に詳しく説明します)。 - インパクトのあるビジュアルにする
シンボリックな画像やインフォグラフィック、数字などを使用して、メッセージを強化します。
最近ではスライドに大きく数字を映して「これは何の数字かわかりますか?」と始めるピッチも多いです(やや使い古された感がありますが…)。
(例)スライドに「244,000,000」と映し出し「皆さん、これが何の数字かわかりますか?」、「(少し間をおいて)実はこれは、世界で教育を受けることができていない子どもの数です」など。
実践的な例
では、実際にどのようにオーバービューを作成すればよいのか、具体的に示してみます。
例えば、テクノロジーを活用した新しい教育サービスのスタートアップの場合、オーバービューには以下のような要素が含まれるかもしれません。
- 企業名とロゴ
明確で記憶に残るデザインを考えましょう。最近ではシェアワーカーや生成AIなどを活用してロゴ作成などをしているケースも散見されます。 - ビジョンステートメント
「次世代の教育を再定義する」など、企業の積極的な目標を示す文言となぜそれをやろうとしたのかについてのインパクトビジョンを示しましょう。ストーリーとして語れるとさらに効果的です。 - ビジネスのコンセプト
「AIを活用したパーソナライズされた学習経験の提供」や「世界で最もあなたを知っている家庭教師」といった簡潔でわかりやすい説明をします。 - 独自性の強調
他の教育プラットフォームとは異なるユニークなアプローチや機能を強調します。ユーザーが競合他社ではなく自社を選ぶ理由を示すことが重要です。
このように、オーバービューはピッチデックの「顔」とも言える部分です。このセクションをしっかりと作り込むことで、投資家や利害関係者の興味を引き、話を聞きたいと思わせることができます。
ただ、ピッチデックの「概要」でもありますので、実際の作成タイミングは最後になることも多いと思います。
いずれにせよオーバービューの出来によって、その後のさまざまな交渉のしやすさが大きく変わってくることは心に留めておきましょう。
まとめ
いかがでしたか。今回は「オーバービュー」という概要の説明なので、少し抽象的でわかりづらかったかもしれません。
次回以降、他の要素を詳しく説明していきますので、その後にまた本記事に戻ってきてもらうとより理解が進むと思います。ご期待ください。
<執筆者紹介>
大野修平(おおの・しゅうへい)
公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター 大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。
トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験を持つ。
また、スタートアップ企業の育成・支援にも力をいれており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
さらに、セブンセンス税理士法人が運営する『セブンセンスビズマガジン(https://consulting.seventh-sense.co.jp)』では、ビジネスに関する様々な情報を発信し、中小企業やスタートアップのお悩み解決にも力を入れている。
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