わたしの独立開業日誌 #行政書士・岩田雅紀


【編集部から】
士業の魅力は、独立開業できることにもあります。「将来は独立」を目標に合格を目指している方も多いのではないでしょうか。
そこで、「わたしの独立開業日誌」では、独立した先輩方に事務所開業にまつわるエピソードをリレー形式でお話しいただきます(木曜日の隔週連載)。
登場していただくのは、税理士・会計士をはじめ、業務で連携することの多い士業として司法書士や社労士などの実務家も予定しています。
将来の働き方を考えるヒントがきっと見つかるはずです。

中学卒業と同時に就職した少年が、40代で行政書士に!

はじめまして。
西東京で行政書士をしております岩田雅紀と申します。
中学卒業後にスクラップ工場に就職し、30代で通信大学を卒業、40代で行政書士となった少し変わった経歴です。
ここでは、私の独立開業について書かせていただきます。「人生を変えたい」と思う方のお役に立てれば幸いです。

プロフィール写真

両親が離婚、ろくに勉強することもなく、16歳で就職

2歳の時に両親が離婚し、父親に引き取られました。ただ、父親もまだ若かったため、成人するまで祖父母のもとで暮らしていました。
家庭環境はあまり良いとは言えず、中学3年生になったころから、祖父母から「お前は中学を卒業したら、働きながら夜間学校へ行くんだよ」と言い聞かせられてきました。そのため、ろくに勉強をすることもありませんでした。

結局、夜間学校には進学せず、父親が働いていた大手スクラップ工場に16歳で入社しました。

とはいえ、16歳の右も左も分からない人間が突然社会に出て、規則をちゃんと守れる訳がありません。時々さぼったりずる休みをするなど、中々社会に溶け込めませんでした。
そのような私に対し、当時の工場長が優しくも厳しい指導をしてくれ、おかげでどうにか辞めずに仕事を続けることができていました。

30代で一念発起して、通信教育で法学部を卒業

そんなやんちゃ少年だった私も、30歳を過ぎると、いろいろ考えるようになります。

「ずっと惰性で生き続けてこのままで本当に良いのか?」「ずっと1つの会社で生涯を終える事は、日本においては美徳として捉えられているが、それが本当に幸せなことなのか?」「もっと他に楽しい世界があるのではないか?」……

鉄スクラップを扱う仕事は、基本的に重労働でした。
天井クレーンの操縦免許を持っていたので、1日中クレーンを操縦していました。同じ作業の繰り返しに、正直飽きてもいました。

「学が無いことを環境のせいにしてきたが、もっとしっかり勉強をすれば、より良い職場環境を得られるのではないか?」

そこで、一念発起をして挑戦したのが、通信教育での大学卒業でした。
色々調べ、学習方法や単位の取得方法が自分に合っている通信大学を見つけ、入学しました。
最終学歴が中学卒業だったので、本学部に進学する為のコースの受講が必要でした。それを2年間で終え、正規課程である法学部に進学しました。

通信教育を働きながら4年で卒業する人はわずか数パーセントしかいません。
それでも、頑張って4年で卒業しました。
仕事から帰って来て、夜中の1時過ぎまで眠い目を擦りながらレポート作業に追われた生活は本当に辛かったですが、結局その経験が自分の財産となり、今の自分を支えてくれています。

40代で行政書士試験に挑戦、5回目で合格

勉強をろくにしてこなかった私が、通信大学を卒業できたことは、大きな自信となりました。
「せっかく法学部卒の肩書もついたので、何か法律にかかわる仕事がしたい」という思いが芽生え始めました。そして辿り着いたのが行政書士試験でした。
決意を伝えたとき、妻は、「大学も卒業できたし、もう十分ではないか」「試験勉強はもっと大変だから」と心配してくれました。ただ、一度進むと決めたら何がなんでも進む性格なので、決意は揺るぎませんでした(「行政書士なら法学部の知識も生かして多少の勉強で合格出来るだろう」と甘く考えていた部分もありましたが……)。

そこからが本当の苦学の始まりでした。
初年度は予備校に通いましたが不合格。次の年からは、予算の都合で独学で勉強をしましたが、不合格が続きました。

「今年不合格なら受験を諦めよう」と大手予備校の上級者コースを利用して基礎から勉強し直して臨んだ5回目で、ようやく合格できました。記述式は40点という高得点でしたが、総得点は180点でギリギリでした。

「40歳を超えての試験勉強は大変だったのでは?」と言われますが、「一生会社員のまま終わってしまうのはつまらない」「せっかくの人生、一度は花を咲かせたい」その一心でした。

コロナ禍での独立開業と最初の仕事

合格後、1年間開業資金を貯めてから開業しました。

開業した2021年は、コロナウィルスの大流行の真っただ中でした。
行政書士の同業者との会合などがなくなり、連絡を取ることもほとんどなく、かなり心細かったのを覚えています。
そのような中でも、合格同期のすすめでTwitter(現X)を活用することで、全国に開業仲間を作ることができました。LINEグループで積極的に情報交換をしたり、心強かったです。
専門分野で有名な行政書士の先輩方も気さくにツイートに応えて下さり、今ではたまに食事会や飲み会などに誘って頂いたり、楽しく交流させて貰っています。

ちなみに、開業して最初の仕事は、友人から紹介された建設会社での産廃収集運搬申請の仕事でした。スクラップ工場の従業員として産廃ゴミの処理をしていたことを話していたので、「是非お願いしたい」と言われ、二つ返事で引き受けました。
ただ、これまで事務をまったくやったことがなかったため、手続きには大変苦労しました。手引きを何度も何度も読み返しながら、何とか申請しました。

売上ゼロの月もあったが、2022年末から風向きが変わる

その後も、たまたま地元の造園屋さんから建設業許可申請の依頼が来たり、ご祝儀案件がしばらくありました。しかし、そんな案件もそう長くは続かず、売上ゼロの月が続く時もありました。

家族もいるので困りましたが、先輩から、「うちで書類作成の手伝いをお願いしたい」とご好意を頂いたり、他士業と繋がり始めたりし、徐々に仕事が来るようになりました。

特に2022年末辺りから、クライアントからの追加案件や、他事務所から乗り換えで建設業決算変更届や許可更新などの依頼があったり、私自身が自動車業務の丁種封印権※を取得したことにより依頼が来るようになったり、風向きが変わり始めました。
現在は、出張封印業務の再々委託(車の保管場所に行政書士が出向き、ナンバープレートの取付を行うこと)のため、都内を縦横無尽に毎日忙しくしています。

※丁種封印権:行政書士のうち、自動車業務に精通すると認められた行政書士が使うことができるのが「丁種」封印です。

これから

今は、開業当初から漠然と描いていた、「5年以内に法人化」という目標を達成出来るよう模索中です。まだスポット業務が中心ですが、建設業の公共工事入札の顧問業務などにも幅を広げていきたいと考えています。

メイン業務は、やはり産業廃棄物収集運搬業許可です。
スクラップ工場勤務だったので当然産業廃棄物には馴染みがあり、その人生経験を少しでも活かそうと「産廃専門」を掲げ、発信してきました。
そうすることで、行政書士仲間や他士業から、「産業廃棄物の申請をお願いできますか?」「産業廃棄物について教えてください」と声がかかるようになってきています(もちろん、産業廃棄物に馴染みがあったと言っても、それを法令の観点や書類を作成するといった実務思考がまったくなかったので、当初は書類作成に大変苦労しましたが……)。

開業3年目を迎え、産廃許可の中でも、積替え保管場所の申請や、更にはエコアクション21など、難易度が高めの申請を出来るようになってきています。「西東京で産廃許可に強い行政書士と言えば岩田!」と言われるよう頑張っています。

<プロフィール>
岩田雅紀(いわた・まさのり)

行政書士岩田雅紀事務所代表。
S50年4月3日生まれ。東京都東大和市在住。行政書士のほか、天井クレーン、車両系建設機械、小型移動式クレーンの資格も持つ。

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