【カントクとよばれる税理士】第5話:8年前の合格体験記


藤井太郎

僕は「3年で税理士試験に合格」という目標を立てながらも、思うような結果が出ず、税理士という仕事にも疑問をもち、いちどすべてを投げ出して長い回り道をしました。そこからもう一度やってみようと発起し、最後まであきらめず、12回目の受験で官報合格しました。

合格から8年。ずいぶん前ですが、税理士になって7年経ったいまだからこそ書けることを、僕ならではの視点で書いていきたいと思います。

あえてニガテに挑む

実家は会計事務所。税理士は身近でしたが、業界への憧れとかは一切なくて、計算とか税金とか数字って大のニガテでした。税理士を目指した理由は、まさにそこなんです。

僕は好きなことに夢中になって生きていきたいというタイプの学生で、「努力」や「資格」という言葉の「やらされてる感」が好きじゃありませんでした。それが就職活動を通じて、偉そうなことをほざいているだけで、「武器」を何も持っていないことを突きつけられたのですね。

直感したのは、「最後までやり遂げたと胸を張れる “何か” が足りないぞ」ということ。その “何か” は、得意なことや好きなことではなく、「興味のないことやニガテなことに挑んで克服する」ということです。税理士はまさにうってつけでした。

税理士試験が年2回だったらいいのに

1年目は、簿記論と財務諸表論の王道2科目。実際、新しい知識は新鮮で、実務にも直結したので「努力」嫌いな自分でも予想以上にコツコツ勉強することができました。答練でも合格圏内をキープし、しっかり準備してはじめての本試験に臨みました。

会場は、問題を配る試験官の指先もぶるぶる震える独特の緊張感。聞いてはいたけれど、答練では見たこともないタイプの問題。120分があっという間に過ぎました。結果は……ペラペラの紙に「A」が並んでいる無力感といったら。つらいですよね。

2年目は、消費税法を加えた3科目。1年目の惨めさを繰り返さない思いで、がめつく勉強しました。結果は簿記論のみ合格。

税理士試験の難しさは、なんといっても試験が年1回であることです。「たった2時間で1年間の努力がわかるもんか!」と試験委員の先生に毒づきたくなったり、「試験が年2回だったらいいのに」とか、「A判定2回で合わせ技1本にならんのか」とか、挙句の果てに「答練の点数は内申点にならんのか」などと妄想したくなります。

とりま5科目戦法

3年目は、3科目の合否結果を待たずに、法人税法と相続税法の2科目を一気に勉強するという選択をしました。名付けて「とりま5科目戦法」。

受験勉強に多くの時間が割ける場合、その期間中に可能なかぎり多くの科目(できれば5科目)を合格水準までもっていくことを優先させます。そうすると、税理士試験の全体像、遠くてもゴールが見える。1回で合格に至らなかったとしても、すべての科目で初学者より経験値のある状態でスタートでき、勉強時間も圧縮できます

そして、あとあと効いてくるのが、「せっかく惜しいところまでいったのだから」と、後に引けなくなるのです。あきらめるのがもったいない。5科目に挑むのは並大抵のエネルギーではありません。でも、次の科目を一から始める労力に比べれば、ゴールが見えている分だけ気はラクです。

僕がその後いったん勉強を投げ出して、6年間も芝居にのめり込むという回り道ができたのは、最初に「とりま5科目戦法」を採っていたからだと思います。(第3話「歌って踊れる税理士をめざして」

富士山の麓、ABCメソッド

3年目の1年間は、富士山の麓、大原簿記専門学校の合宿所(現在は閉校)で過ごしました。最寄りのコンビニまで車で往復1時間、星がきれいで、かなり閉鎖的。「勉強」というより「訓練」と呼ぶのがふさわしい環境でした。そこでマスターしたのが、膨大なボリュームの本試験問題への対策です。名付けて「ABCメソッド」。

まず試験開始直後、問題全体の「素読み」を重視します。時間は5分程度。その5分で、A:全員が正解可能な箇所、B:半数が正解可能な箇所、C:ほとんどが正解不可能な箇所を見極める力を養います。「120分以内で」ということです。この場合、正解値はCでも、算式の割合や条文で決まっている数字など、記入可能な値はAに分類します。また、AとBだけで合格ラインに届くので、Cに手を出さないのも重要です。

「ABCメソッド」を身につけてからは、合格まで徹底して貫きました。

計算対策

計算問題は、まず「ABCメソッド」のAを効率よくミスなく解く反復練習。問題集の個別問題は、最低5回は解きました。次に、Bで正解を出せる知識・理解力・応用力を身につけます。

問題は「ひっかけ」がある前提で読み進め、問題文から最後まで目を切らさないためにアンダーライン・記号を多用します。目立つように必ず青ボールペンです。

相続税法の本試験

理論対策

理論問題では、まず解答のタイトル列挙だけをやります。理サブ(理論サブノート)の各問題の筆記時間も把握していました。そこまですると、どれくらい計算問題に時間が割けるか作戦が立てられるのですね。

筆記スピード向上の訓練もしました。字が丁寧だと講師に叱られます。

理論暗記が得意だったことはアドバンテージになりました。地道に、ちょっとずつ読み進んで暗記する方法です。書くのは1題を覚えた後の確認の1回きり。暗記にかける時間は、1題で平均2時間~4時間程度でしょうか。自分なりのリズムに乗せて暗記していました。

理論は場所を選ばないので、合宿所から車で10分くらいの広大な墓地の休憩所でぶつぶつ暗唱していました。静かで集中できるんですね。ある日、管理人の方が声をかけてきたので、僕が勉強していることを説明すると、「ときどき人の死が受け入れられなくて、毎日長い時間、墓前から離れられない方がいらっしゃるんです」と勘違いされたこともありました。

勉強のしすぎには要注意

3年目は法人税法・相続税法とも合格できなかったのですが、次の年は、仕事に復帰しながらも、消費税法を加えた税法3科目を受験しました。理論は3科目160題くらい回していましたが、労力は合宿所にいた頃のほうがはるかに大きかったです。

結果は、消費税法・相続税法で合格、法人税法が「A」。はじめて勉強が報われたと思えた年でした。でも精神的に参ってしまったのですね。仕事も手につかなくなってしまいました。勉強のしすぎは激しいカウンターを食らいます。(第2話「サンシャイン」

合格する答案と合格しない答案

税理士試験は、「手応えと結果があまり一致しない試験だ」とよく言われます。僕も5科目とも手応えがあったためしがありません。でも振り返ると、合格できていたときの傾向は2つあります。

ひとつは、大きなミスをやらかしているということです。矛盾するようですが、要するに、試験後に「あそこでミスをしている!」と気づけるくらい冷静に問題に対処できているということだと思います。逆に、自信満々でも、意外な箇所で致命的な読み落としに気づけていなかったりするものです。

もうひとつは「迫力」です。合格したときは、凄まじい迫力で問題と対峙していた記憶があります。それは答案にも乗り移るもので、採点する側も、自信なさそうな答案より迫力ある答案のほうが「この受験生は税理士としてやっていけるだろうな」と感じるでしょうし、最後まであきらめない執念というか、一歩踏み込んだ努力の跡がにじみ出るものだと思うのです。字の上手い下手とか筆圧の強弱ではなくて、合格への気迫・執念・自信みたいなものです。いわゆるひとつの全集中でしょうか。

社会に関心をもち、課税について考える

その後、2009年に財務諸表論だけ合格。そして役者を退き、再び真剣にラスト1科目に挑みました。記念受験も合わせると10回目の法人税法です。(第4話『Dear Miss Lulu』

法人税法の勉強セット

劇団の事務をこなしながら神保町の大原簿記に通いました。受験に取り組む気持ちは、前と変化がありました。

翌年から東京を離れて実家の事務所に転職することを決めていたので、税理士試験合格を手に会計業界に復帰するのだと強く念じていました。

より「税理士」という仕事を意識しながらの受験でした。ひとりの大人として、社会に関心をもち、自分なりの考えをもったうえで税を考える。「税金ってどういう原理で、誰にどんなふうに課税するのがベストなんだろう?」 そんなことをぼんやり考えたことは、問題の理解度を深めることに役立ったと思います。

難問オンパレードの試験で合格点60点をとることは、「限られた時間で、いかに効率よくミスなく重要な業務をこなせるかの訓練なのだ」と、納得して「法人税」と対峙しました。

8月。五反田の試験会場の光景は、今でもよく覚えています。前日は試験会場まで歩いていける距離のホテルに宿泊。リラックスするため、寝巻きみたいなラフな格好。受験票はテープで机に固定。電卓の裏側には滑り止めのウレタン緩衝材。僕が培ってきた受験スタイルです。

試験会場で見ていた直前チェック項目

12月。インターネットの官報に自分の名前を発見したときのことを思い出すと、いまでも少し心が震えます。12年かけて、僕はついに「ニガテを克服した」のです。

人生そのもの

税理士試験は、自分ひとりの頑張りでどうにかできる試験じゃなくて、人生そのものというか、なるようにしかならない試験なんだと思います。僕がはじめ思い描いていたような、コツコツ勉強すれば合格して当たり前の試験ではないのです。

だから「あと一歩」という結果が続いても、自分を責める必要はない。昔はその辺がよくわかっていなくて、僕は苦悩し、いちどは投げ出しました。でも毎年、白紙答案でも試験は受け続けた。たぶんそれが大きかったのだと思います。きちんと記憶に留めておけば、いつかまた頑張ろうと思う日が、必ずやってきます。

税理士として7年。合格する前の景色と、合格した後の景色は、はっきり言ってまったく違います。 “何か” を成し遂げたという成功体験は、生きる自信になっています。

税理士の仕事は、やりがいのあることばかりではありません。疑問をもったり、葛藤する日々です。特にいま、「税」を生業にしながら、本当に苦境にある人々をきちんと救えない歯がゆさを感じている税理士は、たくさんいるはずです。

でもそれらもひっくるめて、税理士なのだと思います。僕は誇りを秘め、ひとりひとりに寄り添いながら、これからも税理士として歩んでいくのだと思います。(第1話「所得税と筑前煮」

みなさんが税理士としてともに同じ悩みを抱えられるよう、心から応援しています。

第6話へつづく

〈執筆者紹介〉
藤井 太郎(ふじい・たろう)
1977年三重県伊勢市生まれ。亜細亜大学法学部法律学科卒業。2015年藤井太郎税理士事務所開業。夢団株式会社会計参与(http://www.yumedan.jp/)。東海税理士会税務研究所研究員。


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