気まぐれ並木道⑧ ~出会いがもたらしたもの


プロローグ

 卒業式の季節となった。今年、卒業する学生の誕生年は、はじめての企業会計基準が誕生した年である。時は、必然と流れていく。桜の花が散って、樹木が枝を伸ばす、そんな季節がまた訪れようとしている。

 2019年9月に始まった受験勉強も残すところあと4ヵ月余り、「花見の季節、もう少し頑張っておけばよかった」なんて未来で思わないようにしたいものである。「合格した年は、オリンピックの開催された年だった。」なんて言えたら最高じゃありませんか。

講義中にふっと思ったこと

 講義中、突然に昭和時代の光景が浮かんでくることがある。
 会計学の講義では、時として講義中の論点の生まれた時代背景の説明が理解に役立つことがある。最近の会計の計算は、時価評価に加え割引計算などという面倒な計算が大変多い。…昼食後のけだるい午後の講義中、「いま、こんなヤヤコシイ計算の説明などしていてもよいのだろうか」と自問自答する。目の前には、必死に眠気をこらえる人、突然にガクと頭が下がる人、すでに堪えきれずに夢の世界に入り込んでいる人…、そんなときに因果関係をからめて昔の話をする。声の大きさ、そして口調も変える。「昭和50年前後までだったかなあ、『ハイ、始め』の試験監督の合図とともに試験会場に響きわたる算盤の奏でる音色でした」、なんて話をすると「ムク」と頭が上がってくる。電卓やパソコンなどが生まれていなかったら、会計の世界は形を変えていたにちがいない。試験問題の変化を様々な視点から考察すると興味深い。IT機器の発達がなかったら、試験問題はもっと簡単だったのではないだろうか。

2度死んだ記憶

① わたしの趣味の一つは「釣り」である。昔から、魚が好きだった。命の恩人から聞いた話である。「寒い冬の日に氷の張った池で溺れている子供がいた。もう必死で助けたんですよ。その子供がこんなに大きくなった」。池に魚を取りいったのか、氷の上を歩きたかったのか3歳の自分には記憶がない。親の話によると「2日目の早朝に泣きだした」と言っていた。人生きる、どこかに分岐点がある。そんな記憶が蘇るたび「誠実に生きていった人ほど、微笑みを残していく」と誰かが言った言葉を思い出す。

➁ 堀田善衛「インドで考えたこと」(岩波新書)にあこがれて、インド周辺を2ヵ月ほどの一人旅をした時の出来事である。デリーの町で初日の宿をみつけ、眠りについた夜中のことである。猛烈な腹痛で目が覚めた。しかも熱っぽく体が動かない。リアルな光景を記述はしないが下痢で眠れない。冷房の音は「ボーっと鳴っているがちっとも冷えない300円の安宿の部屋」。そこで3日間ほど寝込んでいた。その3日間、温かい紅茶とパンを運んでくれた宿のおばさんの親切は一生忘れることはない。この年になると苦しみも悲しみも喜びも穏やかな気持ちで眺めることができる。これもすべて良い人との出会いがもたらしたものであろう。

本稿は、『会計人コース』2020年4月号に掲載したコラムです。

<著者>
並木秀明(千葉経済大学短期大学部教授・LEC講師)
中央大学商学部会計学科卒業。千葉経済大学短期大学部教授。東京リーガルマインド講師。企業研修講師((株)伊勢丹・ (株)JTB・経済産業省など)。青山学院大学専門職大学院会計プロフェッション研究科元助手。主な著書に『簿記論の集中講義30』、『財務諸表の集中講義30』、『日商簿記3級をゆっくりていねいに学ぶ本』(中央経済社)、『世界一わかりやすい財務諸表の授業』『まんが財務諸表入門7』(サンマーク出版)などがある。


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