【連載・第3回】伝わる!ピッチデックの作成ガイド~環境セクション


大野修平(公認会計士・税理士)

【編集部より】
ますます注目が増すスタートアップ企業。資金調達、マーケティング、人材採用など、ビジネスモデルを説明するさまざまな場面で、「伝わるピッチデックを作れるかどうか」がカギとなります。とはいえ、そもそもピッチデックとは何か? 事業計画書とはどう違うのか? ぼんやりしたイメージのままでは、よい資料には仕上がりません。
そこで本連載では、公認会計士として多くのスタートアップ企業をサポートし、ピッチデックの作り方についてもセミナーを行う大野修平先生(公認会計士・税理士)にその作成ノウハウを教えて頂きます。

<本連載バックナンバー>
第1回:「そもそもピッチデックとは?
第2回:「オーバービューの主要な構成要素
第3回:「環境セクション
第4回:「ペインとターゲット
第5回:「解決策と提供価値
第6回:「市場規模

本連載第2回では、ピッチデックの構成要素のオーバービューについてお話しました。
改めて、私がおすすめする「ピッチデックの構成要素」を列挙すると、以下のようになります。

  • オーバービュー
  • 環境
  • ペインとターゲット
  • 解決策と提供価値
  • 市場規模
  • 競合との優位性
  • 収益モデル
  • チャネルとプロモーション
  • トラクションとKPI
  • チーム
  • 資金使途
  • Appendix

前回は「オーバービュー」を解説しましたので、今回はその次のセクションである「環境」についてお話したいと思います。
環境というのは、スタートアップがビジネスを展開しようとしている業界や市場のことです。

成長性と収益性の見込める環境でビジネスをすれば、多少の失敗は帳消しになるでしょうし、逆に環境が悪ければ致命傷になりかねません。
どんなビジネスをするかと同じくらい、どこでビジネスをするのかというのも重要な要素なのです。

それでは早速、環境セクションについて見ていきましょう。

環境を分析する意味

環境セクションでは、ビジネスを展開する業界や市場の現状と動向を分析し、その中での自社の位置付けを明確にします。
このセクションの目的は、ビジネスが直面する外部環境を理解し、それがビジネスにとってどのような意味を持つかを示すことです。

重要なのは、現在の市場環境の状況だけでなく、それがどのように変化しているのか、その方向性や変化スピードなどを分析し、それをピッチデックにおいて示します。

環境の変化は特定のイベント(オリンピックや万博、パンデミックなど)により急変することもありますから、最新の情報をピッチデックに織り込み、それに合わせてビジネス全体を調整する必要があります。

ちなみに、スタートアップにとって有利な市場とは、すでにニーズが顕在化していて盛り上がっている市場よりも、今は小さくて大企業が入ってきていないが今後爆発的な成長が見込まれる市場、未だ未整備で代替的な解決策しかない市場、規制緩和により固定費が不要になり参入や撤退が容易になった市場、価値観の変容により重要度がましている市場など、まさに今変化が起きようとしている市場です。

そうした変化の兆候をとらえ、市場環境が自社にとってどのように機会となるのか、もしくは競合他社のサービスにとってどのように脅威となるのかを、納得感をもって示せるのが理想です。

環境分析をするにあたって

往々にして環境分析というのは泥沼化します。
というのも、ビジネスを取り巻く環境というのは広大で、いくら分析しても分析しつくすことは不可能のように感じられるからです。

そんなときこそ「情報の取捨選択」が必要です。
ビジネスに与えるインパクトと発生可能性という2つの観点で、情報を取捨選択することで、効率的かつ適切に分析を行います。

環境分析における事象について、まずはビジネスに与えるインパクトが大きいかどうかを検討し、インパクトが小さいならノイズとして分析対象からは除きます。

そして、インパクトが大きい情報のうち、発生可能性が高いものだけを、環境分析の対象とします。
もし発生すればインパクトは大きいものの、発生可能性が低いもの(例えば巨大な火山が噴火するなど)については、その兆候が見えたら対応することとして、現段階ではモニタリングするに留めるなど、情報の取捨選択を行うことが重要です。

さらに、膨大な環境情報を何の手がかりもなしに分析しようとすると、どこから手をつければ良いかわからなくなって、途方にくれてしまうと思います。

そんなときこそ先人たちの生み出したフレームワークを活用しましょう。
環境分析に使いやすいフレームワークとして「PEST分析」や「5Forces分析」などがあります。

PEST分析

PEST分析は、Politics(政治)、Economics(経済)、Society(社会)、Technology(技術)という4つの観点から環境分析を行う手法です。
4つの観点の頭文字を取って、「PEST分析」と名付けられています。

それぞれの観点で具体的にどんな事象を分析するかについて、以下に例を挙げてみます。

Politics
(政治)
法律(規制・税制・補助金等)
関連団体の動向
政府や官公庁等の動向
訴訟問題のトレンド
紛争、海外政府、国連の動向
Economics
(経済)
景気、物価、失業率の動向
為替、金利、株価の動向
輸出入、産業構造の動向
設備投資の動向
個人消費、貯蓄率、投資率の動向
所得の動向
Society
(社会)
社会問題、世論、価値観の動向
生活様式や働き方の動向
自然災害、環境問題の動向
人口構成、出生率の動向
トレンド、流行の動向
治安、事件、教育レベルの動向
Technology
(技術)
基盤技術の動向
技術革新の動向
大学等における研究テーマの動向
知的財産のトレンド
自社に関連する技術の動向

繰り返しになりますが、重要なのは現状だけでなく、今後の動向や兆候をつかみ取ることです。
そして、スタートアップの最大の武器である「スピード」でその変化に対応したサービスをリリースするのです。そのために必要な資金をピッチデックを活用して調達するということです。

5Forces分析

環境分析のフレームワークとしてもう1つ挙げるとすれば、5Forces分析をおすすめします。

5Forcesというのは直訳すれば「5つの力」で、業界の業界の競争構造を理解し、企業が競争上の優位性を築くための戦略を立案するために、「新規参入の脅威」「代替品の脅威」「買い手の交渉力」「売り手の交渉力」「業界内での競争」といった5つの力のバランスを考慮し、環境分析をします。

それぞれについて詳しく説明していきましょう。

新規参入の脅威

新しい競合企業が市場に参入する可能性と、それが既存企業に与える影響を評価します。設備投資の必要性、許認可や資本要件などの規制、ブランドの認知度、ノウハウの必要性、規模の経済性が効くかどうか、スイッチングコストの多寡などが考慮されます。

代替品の脅威

代替品や代替サービスの存在と、それが業界内の企業に与える影響を分析します。代替品の性能、価格、利用の容易さ、ニーズを満たす方法の多様性、スイッチングコストの多寡、現状製品の品質などが評価されます。
現状製品の品質については、品質が低いと代替可能性が高いと言えますが、逆に、品質過剰・機能過剰によってUXが悪化しているケースなどもありえます。

買い手の交渉力

買い手、つまり顧客が価格や品質について交渉できる力の強さを評価します。買い手の集中度、購入量、代替品の可用性、サービスの差別化具合、販売チャネルの数、情報の非対称性、ニーズの強さなどが影響します。
さらに、買い手にも当然に顧客がいますので、買い手の顧客の交渉力が買い手に影響を与え、それが業界構造に影響しているケースもあります。

売り手の交渉力

売り手、つまり仕入先等が価格や供給条件について交渉できる力の強さを分析します。供給者の集中度、供給の独自性、代替供給者の存在、スイッチングコスト、自社にとっての必要不可欠性、売り手にとっての重要度などが影響を与えます。

業界内での競争

業界内の競合企業間の競争の激しさを評価します。市場成長率、競合他社の規模や数、棲み分けの程度、製品の差別化、固定費の割合、撤退の容易さ、技術革新の頻度、規制の具合、需要の強さ、スイッチングコストなどが影響します。

5Forces分析の良いところは、こうした業界分析を行った後、スタートアップ的発想で、「では、このパワーバランスを崩してビジネスチャンスを作るには?」と考えられるところです。

例えば、代替品の脅威の分析において、新しいニーズの満たし方を発想できれば、低いと思われていた代替品の脅威について現状のパワーバランスが崩れ、シェアを大きく奪えるかもしれません。

また、大量のニーズを取りまとめ仲介する買い手が存在し、買い手の交渉力が高いと思われていた業界においても、仲介している買い手を飛び越えて、最終的なユーザーに届ける方法を発想できれば、そこにも大きなチャンスがあるでしょう。

5Forces分析を使用することで、業界における競争環境を包括的に理解し、戦略的な意思決定のための洞察を得ることができます。

実践的な例

では、実際にどのように環境セクションを作成すればよいのか、具体的に示してみます。
前回と同様、テクノロジーを活用した新しい教育サービスのスタートアップの場合で、PEST分析を用いて行ってみましょう。

Politics(政治)

①GIGAスクール構想:

日本政府はGIGAスクール構想を推進し、全国の小中学生に一人一台の端末の提供を進めています。これにより、デジタル教育の基盤が整備されています。
GIGAスクール構想により、デジタル教育ツールの導入が進んでおり、スタートアップのサービス導入が容易になります。

②ICT教育の促進:

文部科学省はICT教育を推進しており、学校でのデジタルツールの活用が奨励されています。政府のICT教育促進政策を活用することで、教育機関へのアプローチが効果的になります。

③個人情報保護法:

学生の個人データの取り扱いについて厳しい規制があります。
個人情報保護法に準拠したデータ管理とセキュリティ対策がサービス開発には必要になります。

Economics(経済)

①経済成長率:

日本の経済は安定しているが、少子高齢化により教育関連の需要が減少する可能性があるものの、一人あたりの教育費は増加する傾向にあります。特に個別学習へのニーズが高まってきています。

②家庭の可処分所得:

家庭の可処分所得は都市部で比較的高く、教育投資も盛んです。

Society(社会)

①教育の重要性に対する認識:

教育に対する関心はますます高まっており、この傾向はしばらく継続すると考えら得れます。特にSTEM教育など科学・技術・工学・数学という分野に対する需要が大きいです。

②技術の受容度:

コロナ禍を経て、学生も親も、オンライン学習やデジタルツールに対する受容度が高まっています。

Technology(技術)

①技術革新のペース:

AIや機械学習の進展により、個別学習の質が向上しています。

②インフラの整備:

日本はインターネットインフラが充実しており、高速インターネットの普及率も高いです。

各分析については信頼性のあるデータを裏付けにするようにしましょう。
そして、こうした分析結果を受けて、例えば、「STEM教育やプログラミング教育に特化したコンテンツを充実し、それらを最新のAI技術やビッグデータ解析を駆使し、学習者一人ひとりにカスタマイズされた学習体験を提供する、高付加価値な教育サービス」などを発想できるかもしれません。

さらに、こうしたサービスが業界におけるパワーバランスをどの様に崩し、市場を拡大できる可能性があるかについて5Foreces分析を活用しても良いでしょう。

まとめ

いかがでしたか?
今回は環境のセクションについて説明しました。
具体的なPEST分析はサラッとしかできませんでしたが、それでもある程度、市場に対応したサービス開発に活かせることがおわかりいただいたと思います。

また、多くの場合は、先にサービスを発想し、それが市場にどの様に受け入れられるかを検討することになると思いますが、その場合でもこうしたフレームワークは活用できますし、分析結果を説得力をもってピッチデックに示すことは非常に重要です。

次回は「ペインとターゲット」というセクションについて説明したいと思いますので、楽しみにお待ち下さい。

<執筆者紹介>

大野修平(おおの・しゅうへい)
公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター 大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。
トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験を持つ。
また、スタートアップ企業の育成・支援にも力をいれており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
さらに、セブンセンス税理士法人が運営する『セブンセンスビズマガジン(https://consulting.seventh-sense.co.jp)』では、ビジネスに関する様々な情報を発信し、中小企業やスタートアップのお悩み解決にも力を入れている。

<こちらもオススメ>
連載「大野修平先生に聞く! 会計事務所におけるChatGPT「超」活用術」バックナンバー

第1回:検索ではなく、やりとりしよう
第2回:パーソナライズした文章の作成
第3回:さらに進化した「GPTs」で何ができる?
第4回:テクノロジーへの向き合い方についてマインドセットを変える
第5回:実際にどのようなスキルが求められるのか
最終回:組織としてどのように取り入れていけばよいか


関連記事

ページ上部へ戻る