【連載・第6回】伝わる!ピッチデックの作成ガイド~ 市場規模


大野修平(公認会計士・税理士)

【編集部より】
ますます注目が増すスタートアップ企業。資金調達、マーケティング、人材採用など、ビジネスモデルを説明するさまざまな場面で、「伝わるピッチデックを作れるかどうか」がカギとなります。とはいえ、そもそもピッチデックとは何か? 事業計画書とはどう違うのか? ぼんやりしたイメージのままでは、よい資料には仕上がりません。
そこで本連載では、公認会計士として多くのスタートアップ企業をサポートし、ピッチデックの作り方についてもセミナーを行う大野修平先生(公認会計士・税理士)にその作成ノウハウを教えて頂きます。

<本連載バックナンバー>
第1回:「そもそもピッチデックとは?
第2回:「オーバービューの主要な構成要素
第3回:「環境セクション
第4回:「ペインとターゲット
第5回:「解決策と提供価値
第6回:「市場規模

前回の連載では、ピッチデックで最も重要な「解決策と提供価値」について説明しました。
「解決策と提供価値」というのはスタートアップに限らず、全ての会社にとってその存在意義を示す重要なセクションです。 解決策を提案できなかったり、価値を提供できない会社は、その存在自体が許されないでしょう。

そして、スタートアップというのは、そんな会社の中でも「急成長」を志向する企業です。
スタートアップの定義には様々ありますが、例えばシリコンバレーの著名なアクセラである
Y combinatorでは、スタートアップを「The term “startup” typically refers to a small, early stage company designed to grow fast. When we say fast, we mean 50-100x growth in a year,……」(「スタートアップ」という用語は、通常、急速に成長することを目的とした小規模で初期段階の会社を指します。ここで言う「急速に成長する」とは、1年で50〜100倍の成長を意味します。)と定義しています。
また、経済産業省においても「スタートアップとは、一般に、以下のような企業をいう。」として「新しい企業であって」「新しい技術やビジネスモデル(イノベーション)を有し、」「急成長を目指す企業」と定義しています。

これらに共通するのは、スタートアップというのは単に新しいというだけでなく「急成長」を志向しているということです。

急成長を支える市場の規模

スタートアップを急成長を志向する企業と捉えるなら、その市場の規模が非常に重要となります。小さな市場では急成長することは不可能だからです。
以前お伝えした「ペインとターゲット」が市場の質の問題であれば、「市場規模」は量の問題です。スタートアップによる解決策の提供先は、質だけでなく量についても担保されている必要があります。

もちろんスタートアップの解決策は革新性が高いため、すでに存在する顕在的な市場規模だけでなく、これから生まれるであろう潜在的な市場規模についても考慮する必要があります。

いずれにせよ、ピッチデックにおける市場規模のセクションでは、投資家などのピッチの聞き手に対してビジネスの成長可能性と市場機会を理解させることが主眼となります。

TAM、SAM、SOM

スタートアップが市場規模を語るとき、「タム、サム、ソム」という用語がしばしば使われます。

これはそれぞれ「TAM(Total Addressable Market)」「SAM(Serviceable Available Market)」「SOM(Serviceable Obtainable Market)」を指していて、それぞれ以下のように共通認識されています。

TAM:製品やサービスに対する市場の総需要であり、対象市場全体のシェア100%が達成された場合の年間収益または販売単位などで計算されます。現実的には市場全体のシェアを100%獲得することは不可能なので、あくまで理論上の最大市場規模です。

SAM:TAMのうち、企業の製品やサービスによって現実的にサービス提供できる部分を指します。つまり、ビジネスモデルや地理的な制約の下、実際にサービス提供可能な市場の大きさを表します。

SOM:SAMのうち、現実的に中期、短期で獲得可能な市場規模を示します。おおよそ3~5年で獲得可能な市場規模を指すことが多いです。

TAM、SAM、SOMの大きさは必ずTAM>SAM>SOMという関係になりますので、TAMをどのように捉えるかが非常に重要となります。 その時、提供価値を抽象化することで、TAMをはじめとした市場規模も変わってくると思います。投資家にとって納得感があり、魅力的に思えるTAM、SAM、SOMを設定しましょう。

市場規模セクション作成のヒント

市場規模を示す際には、以下のような点を意識して作成しましょう。

  • 具体的なデータの使用
    市場規模を示す際には、信頼できるソースからの具体的な数値や統計を使用することが望ましいです。
  • 視覚的な表現
    チャートやグラフを活用して市場データを視覚的に示し、理解を促進します。
  • 市場成長のトレンド分析
    市場の成長傾向や将来の予測を提示し、市場のポテンシャルを強調します。
  • 市場セグメントの分析
    ターゲット市場をさらにセグメント化して、特定のニーズや機会に焦点を当てます。
  • ソースの明記
    使用した市場データや予測のソースを明確に記載し、情報の信頼性を保証します。

市場規模の測定

市場規模は可能な限りデータによる裏付けを行います。データの取得は、以下のような統計情報を活用すると良いでしょう。

また、有料でさらに詳細な統計情報を提供している民間企業もあります。

市場規模の推定

スタートアップの提供価値は革新的なものも多く、既存のデータでは市場規模を適切に測定できないケースも多々あります。

そんなときにはフェルミ推定が役立ちます。

フェルミ推定とは、データが不完全な状況で、概算や見積もりを行う手法のことです。
具体的には、以下のようなステップで行います。

1. 問題の分解
  複雑な問題を、扱いやすい問題に分解します。
2. 各部分の推定
  各部分の問題について、合理的な推定を行います。
3. 結果の組合せ
  各部分の答えを組合せて、全体の推定値を得ます。

有名な例で「シカゴにピアノ調律師は何人いるか?」という問いに対するフェルミ推定があります(シカゴのピアノ調律師向けにサービス提供をしようとするスタートアップを想像してください)。
具体的には以下のように推定します。

Ⅰ まず、シカゴ市の人口が約300万人と仮定します。

Ⅱ この人口に基づき、1世帯あたりの平均人数を3人とすると、シカゴには約100万世帯があると推測されます。

Ⅲ そのうち、10世帯に1台の割合でピアノが所有されていると仮定すると、シカゴにはおおよそ10万台のピアノが存在することになります。

Ⅳ さらに、ピアノは年に1度調律されるとすると、年間で10万回の調律が必要です。

Ⅴ ここで、1人のピアノ調律師が1日に3台のピアノを調律し、年間250日働くと仮定すると、1人の調律師が1年間に調律できるピアノの台数は約750台(1日3台×250日)となります。

Ⅵ したがって、10万台のピアノを調律するためには、「10万台÷750台」でおよそ130人の調律師が必要であると推定されます。

フェルミ推定は適切な情報を入手できない場合に有用ですが、前提や推論の方法次第で結論にかなりの誤差を生じることがあるため、推定には慎重を要します。

まとめ

いかがだったでしょうか。今回は、スタートアップが投資家に向けて市場規模を適切に提示する重要性と、その具体的な方法について解説しました。

スタートアップの成長には、単に革新的な解決策や提供価値を示すだけでなく、それが大規模な市場に支えられていることを示す必要があります。
特に、投資家が慣れ親しんでいるTAM、SAM、SOMといった指標を使って市場の範囲と成長可能性を定義し、視覚的な表現や信頼性のあるデータを用いることで、投資家に明確な理解を促すことが可能となります。

また、一般的なデータが不足する場合であっても、フェルミ推定を活用し、合理的な仮定と分解を通じて市場規模を推定することできます。これは、スタートアップが未知の市場機会にも適切に対応できる姿勢を示すことにも繋がります。

本稿を通じて、スタートアップが持続的な成長を描き、投資家を引きつけるために必要な「市場規模」のピッチ手法を理解していただけたのであれば幸いです。

<執筆者紹介>

大野修平(おおの・しゅうへい)
公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター 大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。
トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験を持つ。
また、スタートアップ企業の育成・支援にも力をいれており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
さらに、セブンセンス税理士法人が運営する『セブンセンスビズマガジン(https://consulting.seventh-sense.co.jp)』では、ビジネスに関する様々な情報を発信し、中小企業やスタートアップのお悩み解決にも力を入れている。


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