‟英語×税理士”を強みに! 渕香織先生に聞く国際税理士としての仕事術【前編】


【編集部より】
いよいよ直前期に突入しました。ここから本試験までモチベーションを高く維持して勉強したいところですね。そんな時には、少し視野を広げて、自分の将来像をイメージすることもオススメです!
そこで、2010年に「英語が話せる税理士」として独立開業し、現在はマレーシア在住の渕香織先生(税理士)に、国際税理士としての仕事術についてお話を伺いました。
将来、「英語×税理士」を強みにしたいと考える受験生はもちろん、合格後の姿を模索中の方も、試験勉強へのモチベーションが上がること間違いなしです!

マレーシアとzoomでつながる

編集部 こんにちは! 今回は、国際税務専門の事務所代表を務める渕香織先生に、仕事術や事務所運営にまつわるお話を伺いたいと思います。
先生は今、マレーシアにお住まいとのことですが、このインタビューはどちらからですか。

渕先生 マレーシアです。先日、クライアントの税務調査で日本に一時帰国していましたが、今はマレーシアに戻ってきたばかりです。日本滞在中は、事務所スタッフとも親睦を深めるなどして、よい時間を過ごせました。

編集部 マレーシアにいる先生と日本にいる事務所の皆さんとで、どのようにお仕事を進めているかも含め、今回は主に以下の点についてお話を伺いたいと思います。
・多くの確定申告をこなす「仕組み」づくり
・確定申告の案件における「単価設定」の考え方
・個人事務所に依頼がある「国際税務」の特徴(後編)
・これからの「英語×税理士」の可能性(後編)

多くの確定申告をこなす「仕組み」づくり
―“契約書”と”前払い”でトラブル回避!

編集部 先生の事務所は「国際税務専門」ですが、確定申告が一息ついた頃、Twitterで「複雑な多くの外国人の確定申告をこなすには、仕組みづくりが欠かせない」とつぶやかれていましたね。

渕先生 これは、外国人の確定申告に限ったことではありませんが、業務の属人化を避けることです。専門職であればあるほど属人化の傾向にありますが、弊社では業務のほとんどを標準化しています。たとえば、私達の具体的な確定申告の流れをご紹介しますね。

(1)事務所ホームページに「見積フォーム」を用意します。
依頼者が送信してきた所得の種類や金額の情報をもとに、事務所の「料金表」を照らし合わせて、事務所スタッフが「誰でも」基本的な見積額を計算できるようにしています。

集部 事務所の方が誰でも提示できるようなしっかりした料金表を作っているのですね。

渕先生 そうですね、料金表の作りこみというのは多くの事務所がされているかと思います。最初はWEBに載せるために料金表をつくりましたが、今では業務効率化の大きな役割を果たしています。料金表は一度作ったら作りっぱなしにするのでなく、業務の煩雑さに合わせて毎年改定しています。

そして、2番目のステップはこうです。
(2)見積を確認した依頼者から金額OKの返事の次は、「契約書」を交わし、請求書を発行して「前払い」をしていただきます。

途中まで申告書を作成していたのに、別の事務所に変更されてしまい料金をもらえなかった、というトラブルを時々SNS上で見かけます。

実は、私も開業当初はそういう苦い経験があって、そうならないために、今のような「契約書」「全額前払い」といった事務所ポリシーをつくりました。

‟契約書って、めんどくさいな”と感じると思います。確かに契約書のテンプレートをつくるのは大変だと思いますが、そこは弁護士に入ってもらい、しっかり作りこみました。

テンプレートさえできれば、1件あたり10分もかからずできてしまいます。たった10分で、後々の大きなトラブルを防ぐことができるのであれば、やるに越したことはありません。

編集部 契約書を結ぶことはとくに外国人にはスタンダードなことなのかもしれませんね。

渕先生 はい、外国人との仕事には契約書は必須だと思います。日本人同士だと、確定申告の契約書まで結ばない人も多いですが、外国はやはり契約社会であり、契約書をしっかり読み込んで、ルールを守ることが根付いているので、自分たちを守るためだけでなく、契約書がある方がきちんとしてる事務所として信頼してもらえるということもあります。

「質問表(Questionnaire)」を用いて、メールでのやりとりを1通でも減らす

編集部 そのあとのステップについても教えていただけますか。

渕先生 見積もり、契約、請求書発行、入金まで終わったらいよいよ申告書作成です。

(3)実際の申告書づくりでは、お客様とメールでやりとりをすることが多いと思います。私も経験がありますが、メールを何往復もして確認する作業はとても労力がかかります。

そこで、私達は、エクセルで作った‟Questionnaire(質問表)”をお送りします。この質問表には、全部で約20ページありますが、すべて入力する必要はありません。1枚目のシートですべての質問にYES・NOで答えていただき、質問がYESだったら該当のページで必要な情報を入力するというものです。

「あっ、銀行口座が必要だ」、「あっ、家族情報を聞くのを忘れた」といってその都度聞くのではなく、必要になる可能性がある項目は最初から質問表に入れて全部聞くようにしています。

極論を言えば、その質問表に完璧に答えてもらえれば、それだけで申告書ができるという仕組みを作っています。

独立して最初の1、2年はこうした質問票なしでメールのやりとりをしていたのですが、本当に時間がかかっていました。この「質問表」ができてから、劇的に申告書の作成時間が減りました。

ただ、質問票を入力していただいてもどこか必ず疑問点は出てくるので、担当者がお客様に確認をします。その質問も、思いついたらすぐメールするのでなく、まず質問票や昨年の申告書を分析し、出てきた質問を箇条書きにして、できるだけ相手がYes・Noで答えられるような質問の仕方にしてメールを出します。私達が繁忙期に気をつけていることは、「メールを一往復でも減らそう」ということです。

編集部 「質問表」への入力はある程度の知識をお持ちであることが前提でしょうか。

渕先生 いえ、そんなことはありません。税務の知識がなくても誰でも記入していただけるようにしています。例えば、名前や住所、家族情報などの基本情報、外国人の申告では必須の出入国履歴などの情報を入力していただきます。

また、弊社では基本的に集計作業はクライアントにお願いすることにしています。例えば、ふるさと納税や医療費控除はご自身で質問票の該当箇所に入力していただき、私達は申告書に合計金額を入力するだけで、明細はWEB郵便で送るようにしています。

開業当初は、私達もお客様から送られた領収書の集計作業までしていましたが、それをすることに時間がとられて、本来の税務の仕事ができなくなっては本末転倒なので、専門家でなくてもできることはクライアントご自身にやっていただくことを基本としています。

この質問票は最初スタッフみんなで作成して、毎年、改善を重ねています。そのおかげで、外国人の複雑な確定申告も比較的短時間で件数をこなすことができています。

今後、AI技術のさらなる発達により、手作業での申告書作成は減っていくことでしょう。ですが、現時点でも人海戦術に頼らず、できる範囲で最大限の業務効率化を図っています。

確定申告の案件における「単価設定」の考え方
―価値と価値との交換

編集部 確定申告に関連して、以前、これもtwitterで「確定申告の単価」についてアンケートを取られていました。
「1件あたり7万円」という回答が多かったそうですが、先生の事務所では単価設定についてどのようなポリシーをお持ちでしょうか。

渕先生 twitterのアンケート結果を見る限りでは、もっと単価を上げてもいいのではないかと思いました。確定申告シーズンは多くの税理士が繁忙を極め、睡眠を削ってまで専門家としての役割を果たしているわけですから、本来は税理士業界全体として単価を上げる方向に進むといいなと思っています。

世間一般には弁護士への相談料は高額で当然だと認識されていますが、税理士の相談料や申告書作成料は、それよりはるかに安くて当然と思われているように思います。

その理由は色々あると思いますが、1つには、業界内で低価格競争が起きていることかと思います。低価格で獲得したクライアントはより低価格の事務所を見つけると去っていきます。最初は値段を下げてもクライアントを取りたいという気持ちは理解できますが、それを続けると、税理士もスタッフもみな疲弊してしまうので、業界みんなが思い切って、最低○○円というように低すぎない価格設定ができるといいですよね。

また、みんなが高くしてしまうと、困る方もいらっしゃるという声もあるかもしれません。でも、それは税務署の確定申告無料作成の場所という公的受け皿を利用するといいと思います。

例えば、子供の教育でも、私立小学校に無理に行かせなくても、公立の小学校でもよい教育が受けられるというイメージでしょうか。税務署でも一般的な内容であれば、親切な職員さんが丁寧に対応してくださります。

私達の事務所では、「私達が提供する価値」と「お客様が支払う価値」との交換だと考えています。私達の価値を理解してくださる方に来て頂きたいという思いがあるので、ディスカウントを要求されても応じない、という事務所のポリシーを守っています。

編集部 はじめは勇気がいることですよね。

渕先生 私も独立して最初は何度も失敗しました。2010年に独立開業してから試行錯誤でやっと今の考え方にたどり着きました。開業当初であれば「安くてもいいから一人でも多くのお客様に来てほしい」という気持ちになるのはよく理解できるので、そこはバランスのとり方だと思います。

後編では、独立開業にまつわるエピソードや国際税務案件の特徴、「英語×税理士」の可能性について伺います。ご期待ください!

つづく

【お話を聞いた人】

渕 香織(ふち・かおり)

税理士
渕香織タックスアンドコンサルティング代表/Orange Accounting 株式会社代表取締役
国際税務・外資系会計業務の専門家。
大阪府堺市出身。山口県立宇部高校卒業、関西外国語大学外国語学部英米語学科卒業、同志社大学大学院法学研究科私法学専攻修了。
大手税理士法人での経験と実績を活かし、国際税務・外資系会計業務を専門に取り扱う。英語で分かりやすく税務や会計のアドバイスができることと大手税理士法人にはない柔軟な対応が特徴。
事務所ホームページ
・Twitter(@KaoriFuchi



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