【編集部より】
「海外で働くこと」を一度は憧れたことがある人も多いのではないでしょうか。しかし、言語や仕事、生活など、乗り越えるないといけないようなハードルもたくさんあって、なかなか踏ん切りがつかないという人もいるでしょう。
そこで、本企画では、海外で働いたことがあったり、今まさに海外でビジネス展開していたりする6名の公認会計士に、海外で働くリアルについて教えていただきました。きっと、今後のキャリアを模索するさいのヒントになるはずです!
今回は、「#中国(北京・上海)編」として、津田 覚 先生(公認会計士・税理士)にご登場いただきます。
また、本シリーズは、#中国(北京・上海)→#シンガポール→#インド→#アメリカ(ニューヨーク)→#イギリス→#アフリカ(ルワンダ)と世界周遊気分を味わいながらご紹介する予定です。ご期待ください!(全6回・不定期掲載)
北京留学&上海駐在のリアル
皆様、こんにちは。東京都三鷹市で2022年9月に独立開業しました公認会計士・税理士の津田 覚(つだ さとる)と申します。
現在は上場会社及びそのグループ会社を対象とした決算・内部統制・海外子会社管理支援等の公認会計士業務と、中小企業を対象とした税務顧問等の税理士業務と財務コンサルティング等の経営コンサルティング業務を提供しています。経営者の会社の課題解決を伴走支援する経営支援型の会計事務所を目指しています。
以前、会計人コースWebの記事「わたしの独立開業日誌 」にて、独立開業に至るまでのキャリアや独立後の取り組み等についてお伝えしました。今回は、自身のキャリアや考え方にも大きな影響を与えた「海外で働くこと」について、自身が経験した実体験に基づいてお伝えできればと考えています。今回は中国編(留学した北京、仕事で駐在した上海等)となります。
「いつか海外で働いてみたい」「キラキラした話はよく耳にするけれど、実際の所はどうなんだろう」等といったことが気になる、そんな方々の参考に少しでもなれば幸いです。
海外への興味
新卒で監査法人に入所して1年目に配属されたメインの監査チームでは、管理職以上のほとんどが海外駐在を経験されたばかりで、その働きぶりを見て海外で働いてみたいと強く思うようになったのですが、海外自体に興味を持ったのは高校時代まで遡ります。
大学受験時代に英語と小論文を習っていた予備校の恩師が、内閣府系の研究所で国際情勢の研究員を歴任された方で、毎回好奇心が刺激される授業を受けているうちに「自分も、将来はグローバルに活躍してみたいかも…!」と漠然とですが海外への憧れ・興味を持ちました。
なお、その恩師から受験に際していただいた激励のメッセージが「選択の良し悪しは、選択後の努力によって決定される」というもので、文字通りの意味ですが、選んだ道を正解だと思えるように努力するんだという今の私のポリシーの土台になっています。
恩師の影響もあって大学の第2外国語は中国語を選択したのですが、猛烈に中国語の勉強を…とはならず、不真面目な学生としてギリギリ単位が取れるくらいの何とも言えない感じとなりました。その代わりに、大学1年生の秋に公認会計士の資格勉強を頑張る道を選び全力で取り組み、3年生の時に合格することができました。
その後は、卒業するまでの期間でTACの公認会計士講座の合格アドバイザーとして働き、途中3ヵ月弱ほどカナダのトロントに短期語学留学をしました。最近は学生の頃から明確なキャリアプランをお持ちの方も少なくない中でお恥ずかしいのですが、当時は「なんとなく英語ができたら良いんだろうな」くらいの気持ちで勉強していました。
海外との意識の差に焦る
前述のとおり、大学の第2外国語の中国語に本気で取り組むことはなかったのですが、巡り合わせもあり監査法人から北京に2年間ほど留学できることになり、MBAの学位にも挑戦できるチャンスをいただけることになりました。
せっかくの機会なので気合を入れて勉強しようと思い、毎朝6時から夜11時まで勉強する生活をしていましたが、当時住んでいたエリアの近くには中国でNo.1、2を争う清華大学と北京大学がありました。 偶然、その学校の生徒の方と仲良くなる機会があり交流したのですが、とてつもなく聡明で礼儀正しい方ですぐに仲良くなれました。
周囲には米国や英国に留学したりする人も多く大学でも真面目に勉強していて、「将来グローバルで戦うとしたらこういう人達とも勝負しないといけないのか…」と強烈な危機感を抱いたことを今でも鮮明に覚えています。その話をして以降、自身の勉強のギアが1段階上がったような気がしています。
駐在に向けて日頃の仕事を頑張る
留学も無事に終わり、日本で再度働くことになったのですが、いつか海外で働きたい気持ちが強くなりました。「海外駐在に行きたいんですが!」と先輩に相談したところ、「普段の仕事のパフォーマンスが何より大切だよ」とありがたいアドバイスを頂きました。
海外駐在をするまで紆余曲折あったのですが、その話は「わたしの独立開業日誌」 をご覧ください。
駐在で取り組んだこと
監査法人の海外駐在は、赴任時の役職や国・地域によって担う役割が異なります。中国では中国駐在員や日本語対応が可能な中国人会計士がおり、会計・監査・税務・経営リスク管理等といった日系企業のニーズに対して、専門的なサービスを提供しています。
私のケースでは、上海で主に監査現場の責任者として日系子会社のPRC監査(People’s Republic of Chinaで法定監査)や、日本にいる親会社監査チームと連携した連結パッケージ監査等を実施しつつ、日本の監査チームから依頼を受けて中国子会社の往査に帯同して監査手続を実施する等といった業務がメインでした。
日本にある多くの地域事務所の方々とご一緒する機会も多く、地域事務所の方々との繋がりや動向を知ることが出来て非常に良かったと思っています。
駐在してすぐに面食らう
上海オフィスで働き始めて、初めての往査アサインが期中財務諸表のレビューだったのですが、当然ながら資料は全て中国語です。北京留学で中国語も勉強したし大丈夫だろうと正直なところ高を括っていたのですが、そこに書かれていたものは会計やビジネスの用語がズラリ。
一瞬で「これはもう何段階かレベルアップしないと不味いのでは…」と悟り、毎日寝る前と出社前に専門用語やクライアントが属する業界の用語をひたすら勉強する日々が続きました。
また、業務を中国語・英語・日本語を使って進めるため、シンプルにかかる時間が増えたこと、社内ルールや研修等といった覚えることが大量にあり、最初の頃は本当に苦労しました。
上海事務所が守備範囲としているエリアも広く、河北省・四川省・湖南省・広東省・山東省・福建省・浙江省・江蘇省等々、色々な場所に出張で訪れる機会があり、物理的な移動も体力的にキツかったです。
思い返してみると、北京留学の際にタクシー運転手に英語で話しかけて「啊?(なに?)」と言われ、「これは中国語が喋れないと生きていけないかもしれない…」と悟った時と同じく、置かれた環境に適応する時に必死に努力した経験は、今振り返ってみると凄く良かったと感じています。
そして世界的なパンデミックに起因して単身赴任へ
海外での仕事に少し慣れてきた矢先にCOVID-19が世界的に拡がり、上海の人口は2,600万人を超えていて東京の人口の約2倍程度の人がいるにも関わらず、まるでゴーストタウンのような静けさでした。
「これは本当にアカンやつなのでは…」と感じて日本に家族と2020年1月に一時帰国をするのですが、同年3月に単身で再度中国入りして仕事に戻りました。
意図せず妻や1歳半の息子と離れ離れとなり、仕事の環境もガラリと変わり今まで感じたことのない孤独感や不安感に襲われることもありました。
「中々に人生は思い通りにいかないなぁ」と少しモチベーションが下がってしまったのですが、いつまでも落ち込んでいてもしょうがないと己を奮い立たせて、この経験から何を学ぶか・本当に自分が人生で大切にしたいものや価値観は何かを真面目に考える良い機会となりました。
この時、気分を前向きにすべく、事業会社の方々が参加しているサッカーチームに所属して多くの繋がりを作り、美味しいご飯屋さんを探し求め、業務を少しでも効率的に進めるためにガジェットに目覚めることになり、その関係性や趣味は今でも続いています。
言語の壁と文化の壁
海外駐在をすると、やはり思い浮かぶのは言語と文化の壁だと思います。もれなく私もその壁にぶち当たり、失敗をしてきました。
日本語で考えるとわかりやすいですが、言葉のチョイスでニュアンスが変わり、時として褒めたり感謝を伝えているつもりでも実は全く響いていない、むしろ印象が悪くなったり。
「謝謝!(ありがとう!)」と伝えると複雑な顔をされて、「どうしたん?」と聞いてみると、「すでに我々は親しい間柄だから、”ありがとう”なんて言葉は不要で、当然のことをしたまでだよ」とイケメン回答を貰ったり、無事にお仕事が終わったので食事をご馳走したら少し怪訝な顔をされたりと、何が正しいのかよくわからなくなることもあったのですが、一度信頼関係ができると心強い味方になってくれるのだなと感じました。
日本人にも色々な人がいるように、海外にも色々な人がいる、ただそれだけのことだと理解しています。
自分の強みとは
公認会計士として上海に海外駐在をして、明確に自分の強みを理解しました。
会社の規模にもよりますが、
①日本親会社から中国子会社に赴任される総経理、
②中国子会社の経理財務をはじめとした方々、
③日本語・中国語の通訳をされる方、
④日本親会社の監査チームの方々、
⑤中国子会社の監査チームの方々が多くの場面でコミュニケーションを取る方々、がいます。
ですが、日本語・中国語・英語を使って会社のビジネスを理解しつつ、現地マネジメント層と財務経理部の方々と監査チームメンバーと連携して日本側に報告する…全ての登場人物との間に入って円滑に業務を進めるハブとなる役割を担うことができる人はほとんどいないと感じました。
独立した今では、サービスの1つとして中国子会社の管理支援業務を日本親会社の方々と連携して提供しています。また、同業者となる公認会計士の方々がサービスを提供されているクライアントの企業でお困りの際にはピンポイントでの業務提携をする余地があると最近考えるようになりました。
実際に上海で海外駐在をして、様々なトラブルや課題に直面して乗り越えてきたので、その経験を経て得た知見等を基にお困りの方々の力になりたいと考えています。
最後に
よくリクルート活動における海外駐在のアピールポイントとして「定時後にはホームパーティに招かれて…」とか、「まとまった休暇を取得して旅行に…」といったいわゆるキラキラしたお話を耳にしますし、私自身も当初キラキラした要素満載でお届けしようかとも思ったのですが、それはあくまで上澄みの1%くらいの楽しいお話で、基本的には仕事は大変なケースが多いと実際に海外駐在をしてみて感じました。そのため、苦労したことや印象深かったことを中心にお伝えしようと思った次第です。
海外駐在をするのがある種のステータスといった風潮もありますが、個人的には海外駐在では特殊なパラメーターが伸びており、日本にいたら積めるはず・伸びるはずであったパラメーターとトレードオフの関係にあるのかなと考えています。
総合的には海外で働いてみて、日本で働いていたら経験できなかったことを経験したり、海外に住んでみて改めて日本の良さに気付いたり、大変な境遇にならないと考えなかったであろうことを考える契機となり、挑戦をして本当に良かったと思っています。また、海外駐在で培った経験や考えたことは、今の私の在り方に大きく影響していると感じます。
留学や海外駐在にあたって多くの方々にお力添えいただき、本当に感謝しています。この経験を活かして、今後も活躍することが前職の監査法人OBとしての責務だと捉えて頑張りたいと考えています。
海外で働くことは必ずしも楽しいことばかりではないですが、非常に貴重な経験であることは間違いないと思いますし、私自身も挑戦して得られたものはとても多いと感じています。海外で働くことを考えている方々には、個人的には是非チャレンジいただきたいなと思っていて、色々な国・地域で働かれた方のお話を伺ってみたいです。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。少しでも何か参考になるものがありましたら幸いです。
【執筆者紹介】
津田 覚(つだ さとる)
公認会計士・税理士
津田公認会計士・税理士事務所 所長
ゲームチェンジャーコンサルティング株式会社 代表取締役
1988年神奈川県横浜市生まれ。2009年、慶應義塾大学3年時に公認会計士の短答式・論文式試験に合格し、株式会社TACの公認会計士講座合格アドバイザーを経て、有限責任 あずさ監査法人へ入所。監査法人では、国際事業部にて海外留学と駐在を経験。主にシステムインテグレーター、通信、半導体、ホテル、エンターテインメント等の監査に従事。2022年9月に独立開業。開業後は、決算支援、内部統制支援、資金調達支援や税務顧問、経営コンサルティング等で多数の支援経験がある。2023年7月より公認会計士協会東京会の独立開業支援プロジェクトチームのメンバーに就任。
Xアカウント(@cpa_game_change)
事務所ホームぺージ(https://tsuda-cpa-tax.tkcnf.com/、近日移転・公開予定)
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「海外で働く公認会計士のリアル」
▶︎「中国(北京・上海)編(津田 覚)」
▶︎「シンガポール編(林 竜太)」
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