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中小企業の成長・健全な存続に資する計算書類の信頼性を確保する制度とは何か? それにより公認会計士・税理士の仕事にどう影響するのか?―『中小企業会計とその保証』の著者・弥永真生先生にきく
2022年3月に弥永真生先生著『中小企業会計とその保証』が刊行されました。
本書は,中小企業における計算書類の信頼性をいかに確保すべきか,日本および諸外国におけるこれまでの動きと現状を展望し,それをもとに日本はどのように制度を設計すべきかに重要な示唆を提示する研究書です。
そして,これにより公認会計士・税理士の資格制度や仕事が大きく変わることも考えられます。
そこで,著者の弥永先生に,本書の意義と公認会計士・税理士への影響についてお話を伺いました。(編集部)
なぜ今、中小企業の計算書類について、信頼性の確保が求められるのでしょうか?
弥永 まず、日本の国民経済における中小企業の重要性にかんがみると、中小企業に対する資金の供給は重要です。しかし、経営者等の個人保証や担保に依存した貸出は好ましくないまたは困難になっている一方で、経常的に信用保証協会の保証に依存するような貸出は、金融機関の与信審査能力を低下させ、また、市場規律が働かないという問題があります。そうなると、与信にあたって、事業の将来性についての目利きと同時に計算書類の分析が必要となりますが、そのためには計算書類の信頼性が確保されることが必要となります。低金利政策の下で、金融機関の健全性を確保しつつ、中小企業に対する与信が合理的な条件で行われるようにするためには、計算書類の信頼性の確保は不可欠といえます。
また、中小企業どうしの取引においても、相手方の信用力を把握して、取引条件が決定されるのが本来の在り方であると思われますし、また、たとえば、下請け保護の観点から、元請企業の財政状態等を下請けが的確に把握できる状況が望ましいのではないかとも思われます。
さらに、上場会社または上場準備中の会社とそれ以外の会社とでは、計算書類の信頼性がまったく異なる(そこに断層がある)というのも不自然であり、コストとベネフィットとをバランスさせつつ、連続的に、中小企業の計算書類の信頼性を確保することが好ましいでしょう。しかも、中小企業に分類されているものの実はそのように呼ぶことが適切ではない会社が増えています。すなわち、減資する会社が増加しており、資本金額は少なくとも、売上高や従業員数の多い会社は存在し、負債総額200億円という基準だけでは不十分です。
この点、諸外国はどのようになっているのでしょうか?
弥永 アメリカ合衆国を除けば、先進国と言われている国では、日本では中小企業に分類されるような会社についても外部監査が要求されているのです。とりわけ、ノルウェー、スウェーデン及びフィンランドでは歴史的にはすべての有限責任会社が対象とされていたこともあり、現在でも、かなり小規模な企業も対象とされています。また、近年では、スイス、デンマーク、南アフリカなど監査より保証水準の低い保証を受けることを求める国が徐々に増えています。
そして、法定監査等の対象となっていなくとも、アメリカ合衆国を含め、金融機関は、監査やレビューなどを受けた計算書類に依拠して与信の判断が行うことが一般的です。また、任意ではありますが、ドイツではベシャイニグング(検査)、フランスではプレザンタシオンという中位の保証業務が提供されています。
日本はどのような制度をデザインすればよいでしょうか? そして、それにより会計士・税理士の仕事はどのように影響を受けるでしょうか?
弥永 まず、法定監査の対象となる会社を資本金額ではなく、総資産額、売上高、従業員などに着目して、合理的に定めることが必要ですね。そのうえで、コストやリソースの観点から、法定監査の対象とすることは適当ではないが、企業を取り巻く利害関係者の利益及び国民経済の持続可能性の確保の観点から、計算書類の信頼性が求められる会社をターゲットに保証水準が監査よりも低い保証サービスが広く提供される仕組みが検討されるのが望ましいと考えます。そのようなサービスを受けることを強制することが望ましいかどうかは難しい問題ですが、比較的多くの会社が利用しなければ、利用は広まらないでしょうし、会計専門職業人も広く提供しようとしないため、健全な競争が働かず、報酬の額も高止まりして、その結果、中小企業は利用を差し控えるということになることも考えられます。
近年、資本市場(もしかすると、資本市場の監督当局?)からの要請を背景として、監査の「高級品化」が進んでいる中で、公認会計士(試験合格者)が監査業務を面白さを感じないという状況が見られ、また、歯車の1つのように割り当てられた業務を淡々とこなすことがあるといわれています。このような中で、中小企業の計算書類の監査または保証水準のより低い保証の実施であれば、その全体像をつかみやすく、また、経営者との接触の機会も多くなり、業務を面白く感じられるようになるのではないかと期待できます。さらに、マニュアルに沿って、シートを埋めていくというのではない、実質的なリスク評価の訓練もできるのではないでしょうか。かりに、ある程度の規模の監査事務所でなければ、上場会社等の監査を行えないこととなるのであれば、個人の公認会計士や小規模な会計事務所がこのようなサービスを提供することによって、計算書類の監査、そして保証業務の専門家としての能力を維持し、高めていくことが考えられます。
また、これまでも、事実上、税理士は、中小企業の計算書類の信頼性の確保の一翼を担ってきたと思われますが、専門職業人にとっては継続的専門研修こそが生命線となってきた今日の状況に照らせば、税理士と公認会計士の資格制度や業務の在り方を見直し、税理士が一定の専門研修を受けて、監査より低い保証水準の保証サービスを提供するとか、税理士から公認会計士になるというルートが必ずしも珍しくないような仕組みにするというようなことが考えられてもよいのかもしれません(約20年前の統計ですが、ドイツでは、経済監査士のうち、経済監査士兼税理士と名乗っているものが85%を占めていて、これは経済監査士試験と税理士試験の両方に合格していたということを意味するのですから、公認会計士と税理士との間の垣根をもう少し低くして、中小企業に対して保証サービスを提供する担い手を増加させることが賢明であるのかもしれません)。多様な業務、税務業務とシナジーが生まれるような業務を行うことは税理士にとっても、中小企業ひいては国民経済にとっても望ましいでしょう。
(お話をお伺いした弥永先生のご紹介)
弥永 真生(やなが まさお)
東京大学法学部助手,筑波大学社会科学系講師,助教授,同大学院ビジネス科学研究科教授を経て,現在明治大学専門職大学院会計専門職研究科教授。
<主要著書>
『企業会計法と時価主義』(日本評論社,1996年)
『税効果会計』(共著,中央経済社,1997年)
『デリバティブと企業会計法』(中央経済社,1998年)
『商法計算規定と企業会計』(中央経済社,2000年)
『会計監査人の責任の限定』(有斐閣,2000年)
『監査人の外観的独立性』(商事法務,2002年)
『「資本」の会計』(中央経済社,2003年)
『会計基準と法』(中央経済社,2013年)
『会計監査人論』(同文舘出版,2015年)
『会計処理の適切性をめぐる裁判例を見つめ直す』(日本公認会計士協会出版局,2018年)
『監査業務の法的考察』(日本公認会計士協会出版局,2021年) ほか多数
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