【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!
滝沢 凜(福岡大学商学部助教)
はじめに
2024年にNETFLIXで配信されたドラマ「地面師たち」は、空前の大ヒットとなりました。地面師とは、所有者や相続人に成り済まして無断で土地を売買し、代金をだまし取る人物や集団のことです(共同通信ニュース用語解説)。ドラマで描かれた地面師事件のモデルになったのが、2017年に起こった積水ハウス地面師事件です。大手企業を相手に取り、55億円5,900万円という極めて高額な被害を与えました。本稿は、当該地面師事件について、Fiscal(会計的)かつPractical(実務的)な視点で考察するものです。
後編では、事件発生年度の有価証券報告書(自2017年2月1日 至2018年1月31日)をもとに、本件不動産取引に係る会計処理について考察します。
注1:事件の概要および発生した経済事象については、2020年12月7日に積水ハウス株式会社総括検証委員会より公表された「総括検証報告書(公表版)」の記載内容を基にしています。
注2:本稿では会計処理の考察にあたり、あずさ監査法人(2010)を参考にしています。
注3:積水ハウス株式会社は、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」を2022年2月1日以後開始する会計年度の期首から適用しています。したがって、本稿のケースにおいては適用対象外である点にご留意ください。
経済事象と対応する仕訳
1. 売買契約の締結・手付金の支払
【経済事象】
- 2017年4月24日、本件不動産について、売主Xと買主H株式会社間の売買契約書、及び売主H株式会社と買主積水ハウス間の売買契約書を締結した。売買契約締結前の最終打合せ事項は、以下のとおりであった。
- H株式会社が積水ハウスに70億円で売却する
- 別途、積水ハウスは固都(固定資産税・都市計画税)精算金900万円を支払う
- 積水ハウスは同司法書士から登記申請が受理された旨を確認した後、手付金14億円のうち12億円を預金小切手でH1に交付し、H1は偽Xにその小切手を交付した。積水ハウスは、残りの2億円を同日中にH株式会社名義の口座に振り込んだ。
【仕訳】
① 手付金の支払段階では、契約を締結しているだけであり、仕入を認識できません。したがって、土地取得の手付代金として「前渡金」を増加させます。
② 預金小切手振出および口座振込による支払が行われていることから、「当座預金」を減少させます。
(借)前渡金 14億円
(貸)当座預金 12億円
当座預金 2億円
2. 残代金の決済
【経済事象】
- 6月1日、法務局にいた司法書士から所有権移転登記申請が受付されたことの報告がなされた後、積水ハウスは、H1に、49億900万円を8通の預金小切手で支払った。
- H1はそのうち6通を偽Xに渡し、同6通のうち1通(7億5,000万円分)は、偽 X が積水ハウスから購入する分譲マンションの代金として積水ハウスに交付された。
- 未払の7億円については留保金として、解体・境界確認等を待って7月末に支払うこととされた。
【仕訳】
① 所有権移転登記がなされたことから、土地の仕入を認識します(本稿では、造成・工事着工に至っていない状態を示すため、「開発用不動産」として表示しています)。なお、不動産事業であることから土地は棚卸資産に該当し、固定資産ではなく流動資産となります。当該棚卸資産の原価は、契約金70億円に固都精算金900万円を加えたものとなります(固定資産税とは扱いが異なる点にご注意ください)。
② ①に伴い、「前渡金」を減少させます。
③ 預金小切手振出による支払49億900万円があることから「当座預金」を減少させます。
④ 7月末に留保金7億円の支払が予定されていることから「買掛金」勘定を増加させます。
(借)開発用不動産 70億900万円
(貸)前渡金 14億円
当座預金 49億900万円
買掛金 7億円
⑤ 偽Xから再び積水ハウスのもとへと戻ってきた小切手7億5,000万円分については、積水ハウス株式会社にとって自己振出小切手の受け取りに該当します。したがって、「当座預金」を増加させ、積水ハウス株式会社から偽 X への分譲マンション売上として「不動産事業売上高」を増加させます。
(借)当座預金 7億5,000万円
(貸)不動産事業売上高 7億5,000万円
※不動産事業売上高の計上にあたり、上記の仕訳のほか、不動産売上原価の計上「(借)不動産事業売上原価 / (貸)分譲建物」も行われます。
3. 詐欺行為の発覚、被害回復のための措置
【経済事象】
- 6月6日、東京法務局から本件本登記申請を却下する方針が告げられた後、積水ハウスは、以下のとおり、被害回復のための措置を講じた。
- 6月6日、積水ハウスは、新宿警察署において、X氏名義の口座等7つの口座凍結の手続を行った。
- 6月7日、営業次長はH1に対し、本件不動産の売買代金のうちH株式会社に渡った6億5,000万円を積水ハウスに一旦返金するよう依頼した。しかし、H1からは、既に自己の債務の返済に回したとの回答がなされた。H1から提出されたH株式会社の口座を調査したところ、6月6日の時点で残金は2,719円であった。
- 6月9日及び12日に、H株式会社に対して、積水ハウスとの本件不動産の売買契約を解除する旨の通知を発送し(同月13日到達)、同月14日、H株式会社の預金債権等の仮差押の申立てを行い、同月20日に仮差押の決定を得た。
- 6月22日、偽Xに対し、偽Xが積水ハウスから購入した分譲マンションの売買契約を解除する旨の通知を発送し、7月11日、当該通知に関し、公示送達の申立てを行った。
【仕訳】
①売主H株式会社と買主積水ハウス間の売買契約解除(民法541条)に伴い、2.残代金の決済において計上した「開発用不動産」および「買掛金」を取り消します。
②6月22日の売買契約解除によって積水ハウス株式会社から偽Xへの分譲マンション売上も消滅することから、「不動産事業売上高」の増加を取り消します。
③詐欺による被害が発生した場合の会計処理については、損害賠償責任(民法709条)の履行可能性に応じて、資産計上(「損害賠償請求権」計上)あるいは費用計上(「貸倒損失」計上)が考えられます。ここで、「H1から提出されたH株式会社の口座を調査したところ、6月6日の時点で残金は2,719円であった」といった状況から、損害賠償請求による損失の回復可能性は著しく低かったことが推察されます。したがって、「貸倒損失」が計上され、当該損失は「臨時かつ巨額」に該当することから特別損失になると考えられます。
(借)貸倒損失 55億5,900万円
買掛金 7億円
不動産事業売上高 7億5,000万円
(貸)開発用不動産 70億900万円
※不動産事業売上高の取消にあたり、上記の仕訳のほか、不動産売上原価の取消「(借)販売用不動産 / (貸)不動産売上原価」も行われると考えられます。
おわりに
2017年6月6日に発覚した詐欺による損害は、有価証券報告書(自2017年2月1日 至2018年1月31日)に先立ち、第2四半期報告書(自2017年5月1日 至2017年7月31日)において貸倒損失として計上されています。これは、四半期レビュー報告書日である2017年9月13日までに経営者が当該会計処理を判断し、監査人によってお墨付きが与えられたことを意味します。したがって、被害に係る会計処理の判断は、非常にタイトなスケジュールで行われたと推察されます。
多大な損害を与えた地面師事件は、公認会計士たちにとっても大きなヤマであり、困難なヤマであったといえるでしょう。
(参考文献)
あずさ監査法人.2010.『不動産業の会計実務 (業種別アカウンティング・シリーズ 7)』.中央経済社.
積水ハウス株式会社総括検証委員会.2020.「総括検証報告書(公表版)」.
<執筆者紹介>
滝沢 凜(たきざわ・りん)
福岡大学商学部助教。公認会計士。
1996年生まれ。早稲田大学大学院博士後期課程在籍中、有限責任監査法人トーマツ東京事務所にて監査業務に従事。2023年4月より現職。TBS「SASUKEトライアウト2024」出場。
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