【経済ニュースを読み解く会計】 労働投資の効率性はどのように定量化されているのか?


専修大学商学部・准教授 太田裕貴

【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!

はじめに

前回は会計学のアカデミックの世界で注目されている労働投資の効率性について取り上げました。

ハワイ大学のジャン教授たちの研究(Jung et al. 2014)では, ①必要以上に雇ってしまう(過大雇用), ②必要なはずなのに雇わない(過小雇用), ③必要以上に減らしてしまう(過大解雇), ④減らすべきなのに減らさない(過小解雇)といった形で, 雇用が最適水準から乖離することを非効率な投資と呼んでいます。

それでは, アカデミックの世界では非効率な投資をどのように定量化しているのでしょうか?

雇用変化率を説明する経済的ファンダメンタルズに注目する

ジャン教授たちの研究が労働投資の効率性を定量化するうえで利用したのが, メルボルン大学のピナック教授とリリス教授の論文で掲載されたモデルです(Pinnuck and Lillis 2007)。

彼らのモデルは雇用変化率を説明する経済的ファンダメンタルズに注目します。まず, 雇用変化率は昨年度から当年度にかけての従業員数の変化率です。昨年度の従業員数が1,000人, 当年度のそれが1,100人の場合, 変化率は10%です。次に, 経済的ファンダメンタルズとは, 売上成長率, 利益率, 流動性, レバレッジ, 株式リターンなど, 通常の雇用変化率を予測するうえで有用と考えられる要因のことです。

彼らのモデルの意図は「この程度の経済的な状況であれば, このぐらいの従業員数を雇うだろう」という期待値を探ろうとしている点にあります。期待値を推定するために, 彼らは雇用変化率を従属変数, さまざまな経済的ファンダメンタルズを説明変数に用いた重回帰分析を推定する方法を提案したのです。

実際の雇用変化率から推定した期待変化率を差し引いた値は, 経済的ファンダメンタルズから乖離した異常部分です。たとえば, 期待される雇用変化率が10%であるのに実際の雇用変化率が15%であった場合は, 従業員を5%異常に増やしていることになります(過大雇用あるいは過小解雇)。

一方, 実際の雇用変化率が5%であった場合は, 従業員を5%異常に減らしていることになります(過大解雇あるいは過小雇用)。

ジャン教授たちは実際の雇用変化率から推定した期待変化率を差し引き, それに絶対値を付与した値を非効率な労働投資の代理変数としました。

なぜ経営者は非効率な労働投資を実施するのか? 研究は今も続いている!

労働投資の効率性を定量化することで, そもそもなぜ経営者は非効率な労働投資を実施するのかを明らかにすることができます。ジャン教授たちが注目したのが, 経営者と資金提供者の間の情報の非対称性です。経営者は企業の内部情報や将来見通しをよく知っていますが, 投資家や債権者などの資金提供者はそれをほとんど把握できない状況に置かれることがしばしばあります。

こうした状況では, 経営者は情報優位性を使って, 資金提供者にとって最適でない雇用判断をする可能性があります。たとえば, 将来の需要がそこまで高くないにもかかわらず, 自社を成長性の高い企業と資金提供者に知らせるために必要以上に従業員を採用しようと画策することが考えられます。

ジャン教授たちは, 情報の非対称性が低いと考えられる財務報告の質が高いような企業ほど, 労働投資が効率的であることを明らかにしています。これは情報の非対称性が経営者の労働投資に影響を与えることを示唆する証拠と言えるでしょう。

ほかにもコーポレートガバナンスの仕組みや企業の従業員に対する施策などが, 経営者による労働投資の効率性の意思決定に影響を与えることが研究で報告されています。労働投資の効率性をめぐって, 今も研究は続いています。

【引用文献】
Jung, B., W-J. Lee, and D. P. Weber. 2014. Financial reporting quality and labor investment efficiency. Contemporary Accounting Research 31(4): 1047-1076.
Pinnuck, M., and A. M. Lillis. 2007. Profits versus losses: Does reporting an accounting loss act as a heuristic trigger to exercise the abandonment option and divest employees? The Accounting Review 82(4): 1031-1053.

太田裕貴(おおた・ゆうき)
専修大学商学部准教授、博士(経営学)。

大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程修了後、静岡産業大学情報学部専任講師、静岡産業大学経営学部准教授を経て2025年4月より現職。著書に『はじめよう!会計ファイナンス』(上野雄史氏との共著、2025年、有斐閣)や『会計学の実証分析入門』(黒木淳氏、井上謙仁氏との共著、近刊、中央経済社)がある。


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