
匿名(税理士)
昨年末、パーキンソン病(以下、PDという。)を公表した著名人に関する報道が、大きな反響を呼びました。
一般には、高齢者の病という印象が根強いものの、実際には若年で発症する「若年性PD」も存在します。
発症頻度としては多くはないものの、決して無視できるものではありません。
私自身、税理士試験の受験期間中にPDと診断され、治療と受験を両立しながら歩みを進め、現在は税理士として登録に至りました。
本稿は、同じ病を抱える方や、これから税理士を志す皆様の一助になればとの願いから、私の経験を記すものです。
パーキンソン病の概要
PDは、振戦(手足の震え)、固縮(筋肉のこわばり)、無動(動作の緩慢)、姿勢反射障害(転倒しやすさ)を主症状とする進行性の神経変性疾患です。
薬物療法により一定の症状緩和は期待できる一方で、根本治療は未確立であり、長い時間軸の中で進行するのが一般的とされます。
若年性PDは発症年齢が40歳未満と比較的若く、全体から見れば多くはないものの確かに存在し、就労期の生活設計や職業継続に少なからぬ影響を及ぼします。私もその一例でした。
試験会場で自覚した異変
最初に異変を自覚したのは、長年の苦労の末、4科目に合格し、最終科目である5科目目の本試験の日でした。
従前と同じように会場に向かい、着席して開始を待ちましたが、合図と同時に右手が強く震え出し、文字が思うように書けない状態に陥りました。
焦燥の中で時間だけが過ぎ、答案を十分に埋めることなく終了を迎えました。
その後、複数の医療機関を受診し、最終的に下された診断がPDでした。
医師から診断名を告げられた時、最初に脳裏に浮かんだのは、何故かアトランタ五輪で震えながら聖火を灯すモハメド・アリの姿だったことを今も鮮明に覚えています。
進路の葛藤と受験継続の決断
診断後は、税理士を目指す道を断念するべきか、大学院免除の取得に切り替えるべきか、あるいは治療を続けながら受験を継続するのか、深い逡巡がありました。
年齢的・経済的な制約、そして実務に携わりながら積み上げてきた努力の重みを踏まえると、大学院に通う選択は現実的ではありませんでした。
熟慮の末、「可能な限り挑戦を続けたい」と心を定め、受験継続を選択しました。
以後、震えや動作の遅れと折り合いを付けつつ、勉強と仕事と治療を組み合わせた生活が続きました。
時には薬の副作用で、強い吐き気に襲われ、専門学校の自習室からトイレに駆け込むこともありました。
容易な道ではありませんでしたが、試行錯誤を重ね、やがて合格に至りました。
PDの診断を受けてから5年が経過していました。
なお、試験は特別措置を用いず、一般会場での受験でした。
学習方法と答案作成の工夫
PDは進行性であり、次の本試験時に症状が同程度に保たれる保証はありません。
「今年がだめでも来年がある」という発想は私には取り得ませんでした。
限られた力を最大限に生かすため、学習と答案作成の方法を根本から見直しました。
「書かずに覚える」への転換
振戦や固縮の影響で長時間の筆記は困難となり、暗記の確認作業としての「書く」という手法は現実的でなくなりました。
そこで、ボイスレコーダを用いた確認作業へ切り替えました。
1.まず音読・黙読で内容を理解し記憶する。
2.テキストを見ずに暗唱して録音する(誤りがあっても中断しない)。
3.テキストを見ながら録音を再生し、誤りや曖昧な箇所に書き込みをする。
この方法は、筆記の負担を大幅に減らしつつ、反復回数を増やせるため、記憶の定着に有効でした。
骨子先行の答案構成
時間内に記述できる分量には明確な限界があるため、答案は「骨子(見出し)の先行提示」を基本としました。
はじめに論点を見出しとして記し、その後、重要度の高い箇所から穴埋め式に本文を加筆します。
計算問題では、最終値の算出よりも、根拠となる式や手順の明示を優先しました。
電卓操作は震えを抑えるため、人差し指一本に限定しました。
これらの工夫によって、もし時間切れに至っても、採点者に解答の方向性や思考過程を示すことができ、部分点の獲得につながったと感じています。
税理士としての現在と業務上の工夫
PDには、薬剤が奏効している間は動ける反面、効果が切れた際に急激に動作が困難となる「オン・オフ現象」があります。
私自身、活動可能な時間帯が短くなり、キーボード入力など細かな作業に難しさを覚える場面が増えてきました。
一方で、近年の社会的・技術的な環境変化は、私のような状況にある者にとって大きな支えとなっています。
Web会議の定着により、物理的な移動負担が大幅に軽減されたこと。
税理士会研修のオンライン配信が普及し、学習機会へのアクセスが格段に容易になったこと。
VBAやRPAなどの自動化手段を活用することで、従来は数時間を要した処理が短時間で完了するようになったこと。
これらの進展により、身体的負荷を抑えながら、現在の業務量を維持することが可能となっています。
業務の効率化は、私にとって生産性の問題にとどまらず、職業人生を継続するための重要なインフラであると認識しています。
税理士を志す皆様へ
税理士試験は「速さがものを言う試験」と形容されがちです。
しかし、私の実感としては、問われている内容に的確に、要領よく答えることこそが本質であり、記述量が相対的に少なくとも、要点が明確であれば十分に合格は可能です。
試験合格は終着点ではなく、税理士としての出発点です。
実務に入ってからの学びは受験期を上回り、創意工夫の連続です。私自身、病と向き合いながらも、日々の改善を積み重ねることで、業務の質と継続性を担保する道を模索しています。
私がその際心掛けていることは、できないことを悔やむより、できることの範囲内で最大の結果を残すための方法を考え続けることです。
拙い経験ではありますが、PDという現実と折り合いを付けつつ進んだ私の歩みが、読者の皆様にとって何らかの励ましや実務上の示唆となれば幸いです。











