
松岡俊(株式会社マネーフォワード執行役員グループCAO)
【編集部より】
国際的に活躍したいと思う経理パーソン向けに、海外子会社との上手な付き合い方について解説していただきます。
第1回:イントロダクション
第2回:日本と海外の経理実務差異~「ジョブ型」
第3回:日本と海外の経理実務差異~残業・有休
第4回:日本と海外の経理実務差異~コミュニケーション(7月9日(水)公開予定)
第5回:まとめ~異文化理解を深め、グローバルな協業を円滑に(7月14日(月)公開予定)
はじめに
前回は海外での経理業務経験の中から、日本との「ジョブ」の考え方の差異からくる具体的な業務の進め方の違いについてお話しさせていただきました。
今回は、残業や有給休暇等の取得などについてお話しします。
残業に対する意識 – 定時退社が基本
当然のことながら、残業に対する考え方も、日本とは大きく異なりました。
日本でも働き方改革が進みましたが、繁忙期やプロジェクトの佳境においては、ある程度の残業はやむを得ないといった風潮がまだ残っているかもしれません。
一方、英国ではジョブ型の影響もあり、定時で退社することが基本であり、残業は例外的な対応と捉えられていました。
特に夕食は自宅で家族と共にし、プライベートの時間を大切にする文化が根付いており、ワークライフバランスを重視する姿勢が明確でした。
この点についても、私はある程度理解していたつもりでしたが、赴任直後、大きめのプロジェクトがあり、できるだけ早く結果を出したいという思いから、私自身も日本勤務時代と同じように残業をし、部下にも多くのタスクを割り当てて対応してもらっていました。
結果として部下にも残業が発生していましたが、プロジェクトによる一時的なものであり、日本の感覚からするとそれほど長時間の残業ではないという認識でした。
しかし、リトアニア出身の女性メンバーから1on1ミーティングで残業の多さを涙ながらに訴えられ、自分の認識の甘さを深く反省しました。
これ以降は、基本的に残業ゼロを前提に各種計画を立てるようにしました。
残業については、同じ「海外」といっても国や文化によって濃淡があるようで、私が所属していた会社は非常に多国籍でしたが、全般的にアジア系の国出身の方は残業が多い傾向にあるように感じました。また、「欧米」といっても、米国の方が残業に対してやや寛容な印象を受けました。
日本の経理担当者が海外の経理担当者と協業する際に当てはめると、協業時には有給休暇と同様に、相手の国の残業に対する考え方の傾向を理解した上で、プロジェクトだからといって日本のような長時間の残業は期待せず、各種計画を立てるべきだということかなと思います。
有給休暇に対する考え方と取得文化
また、残業とも関連しますが、「有給休暇」に対する考え方と、その取得文化についても大きな差異を感じました。
日本では、有給休暇を取得する際に、周囲の状況を慮ったり、業務の引き継ぎに気を遣ったりすることが一般的ではないでしょうか。
もちろん、近年は日本でも休暇取得を推奨する動きが活発になっていますが、それでも長期休暇の取得にはまだ心理的なハードルを感じる方もいらっしゃるかもしれません。
一方、私が赴任した英国をはじめとする欧州の多くの国では、有給休暇は労働者の当然の権利として認識されており、非常に積極的に消化されます。
例えば、夏休みには2~3週間の長期休暇を取得して家族と過ごすのが一般的です。
そもそも英国では祝日自体の数が日本よりも少なく、有給休暇を取得しないと、日本勤務時代と比較しても大幅に勤務時間が増えてしまう可能性がありました。
国民の祝日に皆が一斉に休む日本と、個人が自由に休む日を決める欧州では、慣行が大きく異なります。
欧州の中でも国によって、未使用の有給休暇が一定期間後に消滅するケースや、累積した未使用日数について現金で支払われる場合など、制度が異なるため、慣行や傾向に違いが見られましたが、総じて日本よりは長期に休暇を取得する傾向にあるのは間違いないようです。
私はこのような傾向の存在は理解しつつも、初年度はできるだけ早く英国での業務に慣れ、戦力になりたいという一心で、1日も有給休暇を取得しませんでした。
しかし、2年目に入る前に、先述の英国人上司から1on1ミーティングで「1日も有給を取らないというのはクレイジーだ!有給を取らないというのは、現金でもらった給料を会社に返金するのと同じことだ。有給を取って家族を旅行にでも連れて行きなさい。土日や祝日だけでは不十分だ。誰も死ぬときに、『ああ、もっと働けば良かった』などとは思わないだろう。2年目は確実に松岡君が有給を取るように、有給取得状況を人事評価指標の一つに加えるからね」と指導を受けました。
この言葉をきっかけに、2年目からは意識を変え、有給休暇をすべて消化するように努めました。
この点を企業経理としての働き方に当てはめると、こうした国ごとに異なる休暇取得パターンを考慮して各種依頼をする、ということがポイントになるかなと思います。
日本の連結経理部で働いていたときに、スウェーデンの経理担当者とプロジェクトを進める機会がありましたが、今振り返ると、彼らの長期休暇の可能性を前提としたプロジェクト日程を組めていなかったように思います。
スウェーデンは冬の日照時間が短いこともあり、夏には1ヶ月近い連続休暇を取得するのが一般的で、英国よりもさらに長い夏季休暇を取る傾向があります。
スウェーデンでのひとこま。
夜23時でもこの明るさの「白夜」。
長い冬の分まで、夏は長期休暇で太陽を存分に楽しみます。
業務品質に関する考え方
残業などの議論にも関連しますが、経理業務のアウトプットに対する考え方も大きく異なるように感じました。
この点はもちろん、会社によって異なるところかと思いますが、傾向としては、日本の会社が100点を目指すのに対し、英国では80点程度の品質で十分と考える印象を持ちました。
そしてこのギャップが、日本本社と海外グループ会社の間で認識の齟齬を生む要因となりやすいと感じました。
いわゆる「2:8の法則」で言われるように、80点を目指すのが効率が良いとされますが、結果として日本経理側は提出された80点のアウトプットでは品質が不足していると感じ、軋轢が生じてしまうということが起こりがちでした。
日本人駐在員として、間に入って80点と100点の間で着地点を見出す、あるいはそもそも80点に達していない場合には改善を促す、といった調整役を担うこともありました。
この点は経理業務に限らず、生活全般について言えることで、例えば郵便が指定された時間には届かない、業者が指定された時間に来ないといったことは日常茶飯事でしたが、これらもそれを前提として生活していけば、意外とそれほど苦にならないものです。
このような点を受け入れることができる日本人駐在員は英国での生活を楽しみ、日本的な100点を目指す完璧主義の傾向がある日本人駐在員は、英国のやり方に不満を感じ、現地の部署ともあまりうまくいっていないような印象を受けました。
日本の経理担当者として海外グループ会社とやり取りをする際には、もちろん、大きな問題であればしっかりと指摘すべきですが、そうではない細かな指摘については、「100点満点を求めすぎていないか?」と相手に伝える前に一度立ち止まって考えてみるのも良いかもしれません。
第4回以降も、その他に感じた差異について深堀りしていきたいと思います。
【著者プロフィール】
松岡俊(まつおか・しゅん)
株式会社マネーフォワード
執行役員 グループCAO
1998 年ソニー株式会社入社。各種会計業務に従事し、決算早期化、基幹システム、新会計基準対応 PJ 等に携わる。英国において約 5 年間にわたる海外勤務経験をもつ。2019 年 4 月より株式会社マネーフォワードに参画。『マネーフォワード クラウド』を活用した「月次決算早期化プロジェクト」を立ち上げや、コロナ禍の「完全リモートワークでの決算」など、各種業務改善を実行。中小企業診断士、税理士、ITストラテジスト及び公認会計士試験 (2020 年登録)に合格。