大野修平(公認会計士・税理士)
【編集部より】
生成AIの進化などによって、私たちの生活や仕事も大きな影響を与えられています。現在の公認会計士受験生や税理士受験生が、実務家として第一線で活躍する頃にはどのような世界になっているのでしょうか。
そこで本企画では、約10年後の未来を予測し、期待や危機感、それに対する準備などについて、実務家や学者4名の方々からアドバイスをいただきました。(掲載順不同)
「合格の先」を見据えることで、受験勉強を乗り越えるエネルギーにもなるのではないでしょうか。
期せずしてAIとともに
編集部の方から「2035年未来予想図について寄稿してほしい」と依頼されたときは面食らいました。
だってそうでしょう。今から12年後のことを予想するなんておこがましいにも程がありますよね。
やんわりとお断りしようと思い、キーボードに手を置くも、自分が受験生時代にとてもお世話になった会計人コースさんの依頼を断るなんて、申し訳なくてなかなか筆が進みません。
仕方なく、最近ハマっているChatGPTにメール文案を考えてもらおうと、以下のプロンプトを入力してみました(書きたくない文章を書く時に、ChatGPTはとても頼りになるパートナーです)。
「2035年の未来なんて予測できそうもないから、それをテーマにした執筆依頼をお断りするメールの文章を作成して。丁寧な文章で。申し訳無さそうに」
こんな不完全なプロンプトでも、ChatGPTは素晴らしいメール文案を作成してくれました。
あとはこれをコピーして送信するだけ……。
すごい時代になったものです。ChatGPTに限らず、私達のすぐそばにAIがいて、様々な業務を手伝ってくれます。
思えば私が監査法人を辞めたのが約10年前。日本にクラウド型会計が誕生し始めた頃です。
「会計ソフトが通帳データなど様々な会計データを自動で取り込み、学習結果から仕訳を予測して提案してくれる」というコンセプトにワクワクしたものです。
(余談ですが、ワクワクしすぎた私はそのクラウド会計ソフト会社の1周年パーティーに飛び入り参加して、あれやこれや質問攻めにしてしまうほどでした。)
あれから10年がたち、今やクラウド型会計は当然のように使用されています。
それだけでなく、証憑の読み込みや記帳代行、請求書と入金データの消込など、その周辺にも様々なAIが使われています。
法律の分野では、契約書のAIによるレビューは比較的早期に開発され、多くのユーザーを獲得するとともに、現在では弁護士法との境界線についても、法務省なども巻き込みながら整理され明確になりつつあります。
将棋の世界ではすでに人間よりAIのほうが強くなったと言われ、棋士たちはAIを使って研究することがスタンダードになっています。
アートやクリエイティブの分野においてもAIは積極的に活用され、現在ではこれまでとは比べ物にならないほど効率的に画像や音楽を生成することができます。
そして先般、自然言語処理が可能なAIであるChatGPT-4が公開され、AIはますます身近な存在となりました。
この親しみやすく強力なAIは、アメリカの会計関連の主な資格(公認会計士(CPA)、公認管理会計士(CMA)、公認内部監査人(CIA)、EA(税理士))の全てに合格したとも報じられています。
そんなことを考えているうちに、
「独立して約10年。期せずしてAIの発展とともに新しい技術やサービスに触れてきた。過去のAIの変遷を知る者として、2035年を正確に予測することは無理でも、将来どんな力が必要になるかくらいは、後進の方々に提起できるかもしれない」
と思うようになりました(いやはや、人間とは本当に傲慢な生き物ですね。AIが聞いたら何と言うでしょう)。
そんなわけで、先のChatGPTによるお断りメール文案はお蔵入りとなり、本稿を書いているわけです。
これから必要な5つの力
前置きが随分長くなってしました。
AIが人間より賢くなるのはいつなのか、その議論はまだまだ帰着を見ませんが、分野を絞ればすでに人間よりも効率的かつ正確に処理するAIが存在しています。
人間より処理能力の優れたAIがいる現実世界で、専門家としてどのように社会に貢献すべきか、私も日々悩み試行錯誤しています。
そんな頼りない専門家の意見にどれほどの価値があるかわかりませんが、読者である皆さんの考えるヒントになれば良いと思い、恥を承知でこれまで私が考えてきたことを開陳してみます。
AIを使いこなす力は当然に必要だと思いますが、それは大前提として、さらに必要な5つの力を以下に提案してみます。
課題を発見する力
現在は、変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)の高い、VUCAの時代と言われています。
経済や社会の変化のみならず、価値観の変動が激しいVUCA時代では、これまでの常識にとらわれず、何が真の課題なのかを柔軟に思考し、正確に見極めることの重要性が高まっている気がします。
日々変動する現実世界の複雑な情報を、不確実かつ曖昧な状態で受け取り、それらを既存の知識や経験などと突き合わせて処理して、そこから課題を発見する力がますます重要になってくると思います。
課題を発見する力を養うためには、幅広い知識、経験を習得することはもちろん、観察力を向上させ、分析力を強化し、好奇心を育成することが必要です。
そのためには……。
……いや、あまり多くを語るべきではないですね。
どうすればこれらの資質を高められるのか。それはみなさんが各自で試行錯誤してみてください。人生は大いなる実験なのですから。
設計する力
課題が発見できたら、それを解決するための方法を設計する必要があります。
現実世界では、課題解決はリソースとの戦いでもあります。
限られたリソースを最適に配分し、これまでの経験や知識、洞察を用いて、課題を解決するための戦略や戦術、手法を設計する力が求められます。
そして、設計する力を養うためには、論理性を向上させ、創造性を発揮し、倫理観を養う必要があるでしょう。
決定する力
優秀な人ほど、様々な課題解決の方法を思いつくはずです。正解は決して1つではないでしょう。
ただし、現実世界においてはリソース的な制約から、1つの、もしくは少数の方法を選択しなければなりません。
複数の解決方法の中から、課題解決の有効性のみではなく、自社の文化やビジョン、過去の行動などと整合的な解決策を選び取り、決定する力が求められます。
数ある選択肢の中から「なぜそれを選んだか」を説明できることに、専門家としての付加価値が生まれるのだと思います。
決定する力を養うためには、目標を明確化する力やリスク分析力が必要です。
それらを裏付けるために、批判的思考や倫理的判断を養い、様々なケースを収集し、自ら経験しなくてはなりません。
そして何より、直感と勇気が重要になると思います。
巻き込む力
解決策を実行に移す段になると、自分(達)だけでなく、他部署や他社など、様々な利害関係者の協力が必要になるでしょう。
様々な関係者の思惑を理解し、利害を調整し、彼らを同じ方向に向かわせるためにモチベートする力、つまり巻き込む力が必要となります。
そして、誰かを巻き込むことはAIには決してできない、代替されにくい能力としてより重要になってくるでしょう。
巻き込む力を発揮するためには、目標とビジョンを共有し、信頼と尊重の関係を構築し、多様性を理解し、チームワークを推進する力が必要です。これはつまり、リーダーシップと呼ばれるものだと思います。
共感する力
私のこれまでのコンサルティング経験を振り返ると、課題解決の実行段階は決して楽なことばかりではありませんでした。
おそらく皆さんにも、当初想定していなかった問題が次々と降りかかり、投げ出してしまいたくなった経験があると思います。
コンサルティングというのは、自分ではなくクライアントのために行うものですから、苦しい状況を打破するための最後の頑張りは、多くの場合、クライアントの悩みに寄り添い、何が何でもそれを解決するんだという、強い共感力が源泉となっている気がします。
精神論に聞こえるかもしれませんが、合理的なAIの時代には、もしかしたらこうした精神的な能力こそが重要性を増してくるのかもしれません。
共感する力を養うためには、まずは他人の感情を理解しなければなりません。
そのためには、偏見を排除して開かれた態度で傾聴し、観察する力が必要です。
他人の感情を理解できたら、その感情に自分の感情を寄り添わせる必要があります。そのために、まずは自分の感情を良く理解する必要があるかもしれません。
受験生の皆さんへ
AIが活躍する時代に求められる力について、日々私が考えている5つを提示してみました。
もちろん、これが正解というわけでは無いと思いますが、合格後も様々な力を身に付けないといけないと思うと、戸惑ってしまうかもしれません。
しかし長い人生ですから、慌ててすべてを身につける必要もないと思います。誰も一朝一夕に優れた人物になることはできません。
何より、これら5つの力を発揮するためには、その基盤となる基礎的な知識が必要不可欠です。
そして、公認会計士試験や税理士試験は、その基礎的な知識が体系化された、優れた教材だと思います。
人生は長い旅路で、その途中で得た知識と経験が集積されて、一人の専門家に成長していくのだと思います。私もまだその途中です。
人生にいくつかのフェーズがあるとしたら、受験勉強時代は基礎力を蓄える絶好の時期だと思います。この時期を最大限に活用して、成長の基盤を作っていってください。
皆様の成功を心より願っています。
<執筆者紹介>
大野修平(おおの・しゅうへい)
公認会計士・税理士
セブンセンス税理士法人 ディレクター
大学卒業後、有限責任監査法人トーマツへ入所。金融インダストリーグループにて、主に銀行、証券、保険会社の監査に従事。トーマツ退所後は、資金調達支援、資本政策策定支援、補助金申請支援などで多数の支援経験がある。また、スタートアップ企業の育成・支援にも力を入れており、各種アクセラレーションプログラムでのメンタリングや講義、ピッチイベントでの審査員および協賛などにも精力的に関わっている。
・Xアカウント(@Shuhei_Ohno)