東芝事件から何を学び、実践すべきか?:よい会社の条件―『経営者はどこに行ってしまったのか』の著者・千代田邦夫先生にきく


 かつて日本を代表する企業といわれた“東芝”は、2015年の不正会計の問題(東芝事件)発覚後から、今日にいたるまで迷走を続けているといえます。
 この東芝事件について、2015年の事件発生当時公認会計士・監査審査会の会長として監査が適正に行われていたかの検査に関する陣頭指揮をとられ、また会計・監査研究の第一人者である千代田邦夫先生がこのたび『経営者はどこに行ってしまったのか―東芝 今に続く混迷』を刊行しました(明日8/30発売開始)。
 本書は、一連の東芝事件について、第三者委員会報告書や新聞等の報道資料を詳細に分析し、事件の背景・原因とそこから何を学ぶかについて提言をされています。
 経営者はもちろんですが、会計士・税理士をはじめ会計に関わる仕事をしている皆さんや受験生の皆さんにも、会計不正やガバナンスの機能不全のメカニズム等がくわしく解説されており、非常に興味深く読める内容です。
 本インタビューでは、本書のエッセンスと読者へのメッセージについて、お話いただいています。 (編集部)

『東芝劇場「粉飾決算」』の背景

―本書を執筆されたきっかけ(動機)をお聞かせください。

 千代田 「粉飾決算はなくならないか」と問われると、「永遠になくならない」と答えます。人間には「欲」があるからです。東芝事件はわが国のこれまでの会計不祥事の中でもきわめて大きな粉飾決算事件です。監査制度を研究する者としてきちんと整理しようと思いました。

 そこで、1990年代から収集した新聞記事や有力週刊誌の記事を時系列に並べ、300頁からなる東芝第三者委員会の調査報告書を吟味し、ドラマ風に、『東芝劇場「粉飾決算」』(主役:東芝3社長、原作:東芝第三者委員会、脚本:千代田邦夫)を組み立てました。ドラマは、次のように展開します。

  • 巨大企業の絶対的な権力を有する社長の強烈なプレッシャーの下での粉飾決算は、どのような「仕組み」と「手口」で行われたのであろうか? 
  • 粉飾決算の背景には、東芝が“社運” を賭けて2006年に買収し子会社化した米国原子力関連会社ウェスチングハウスがあるのではないか(同社は2017年に経営破綻)?
  • 東芝が姑息な手段を使って粉飾決算にはしらざるを得なかった一因は、金融機関から課せられた「財務制限条項」への抵触を避けるためではなかったのか?

東芝はなぜ今も混迷を深めている?

―現在なお混迷を深めている東芝ですが、その原因はどこにあるのでしょうか?

 千代田 東芝が約6,200億円を投じて買収したウェスチングハウスは2017年3月に経営破綻しました。その原因は? 本書は興味ある複合的事実を明らかにしています。その結果、東芝は2017年に3月期の連結決算において、約1兆4,000億円という巨額な損失を計上、債務超過(2,757億円)に陥ったのです。東芝は2018年3月までに債務超過状態を解消しなければ上場廃止に追い込まれたのです。

 2017年11月、東芝の取締役会は、債務超過を解消し上場を維持するために、第三者割当増資を決議しました。調達資金はウェスチングハウス破綻に係る親会社東芝保証の早期弁済原資として使用し、負債を縮小することです。東芝は、「一刻も早く」約6,000億円の資金を確保するために、東芝のアドバイザーである野村証券やSMBC日興証券、みずほ証券に代えて、ゴールドマン・サックス証券が提案する総勢約30社60のファンド(海外のファンド)を引受先とした第三者割当増資を決めたのです。

 今、“アクティビスト” と称される「物言う株主」に翻弄(ほんろう)される東芝を見ると、これまで東芝を支えてきた三井住友銀行、みずほ銀行、三井住友信託銀行の主力3行を中心とする銀行団は、東芝救済のためになぜ追加融資に動かなかったのでしょうか?

 東芝の2017年3月31日現在の借入金は合計9,779億円でした。東芝は、「金融機関からの追加借入という手法も考えうるものの、当社はすでに複数の金融機関との間の借入れに係る契約において財務制限条項に抵触している状態であり、合計5,178百万米ドル〔約5,800億円〕もの多額の追加借入は容易でない」と述べています。

 一方で、メインバンク3行や三菱UFJ銀行、横浜銀行や静岡銀行、福岡銀行など地銀80行で構成する銀行団は、東芝とこれまで以上(・・・・・・)の関係を持つことに難色を示していたのです。なぜなら、(本書で見るように)広範な粉飾決算を行い、二度も決算発表を延期している東芝、継続企業の前提に疑義のある状況に陥っていると財務諸表で自ら注記し、その財務諸表に(これまでの新日本監査法人に代わる)PwC監査法人による限定付意見が付され、内部統制報告書には不適正意見が添付された東芝への不信感を払拭できなかったからです。各行とも、さらに融資を拡大すると貸倒引当金も積み増さなければならず、コーポレート・ガバナンスの観点からも、これ以上踏み込めなかったのです。

 2017年12月、割当先からの払い込みが完了。幸い債務超過は解消でき上場廃止は免れたのですが、海外投資家の比率は約6割を占め、「物言う株主」が2割超を握ることになったのです。これが今なお混迷を深める東芝の原因です。

”ガバナンスの効いたいい会社”とは?

―読者は、東芝事件から何を学び、実践すべきでしょうか?

 千代田 明らかな事実は、東芝の “ガバナンス” は機能していなかったということです。特に、東京電力福島第一原子力発電所事故後の危機において、ガバナンスのリーダーであるべき経営者は抜本的な企業構造改革を打ち出せなかったのです。 取締役会は “ムラ化” した海外原子力事業をコントロールできなかったのです。

 ガバナンスの問題は東芝だけの問題ではありません。そこで、東芝事件の教訓として、私は、以下の問題を提起しています。
 そもそも“コーポレート・ガバナンス”とは何でしょうか? 「企業統治」を訳されていますが、どうもしっくりきません。「コーポレート・ガバナンスとは、企業が持続的な成長・発展を目指す仕組み」です。すると、コーポレート・ガバナンスの「中核」に位置するのは代表取締役社長です。そこで、こんな社長の下ならビジネスマンになっても良かったかな、という私の社長像を描いてみました。また、ガバナンスの観点から最近特に話題になっている社外取締役ですが、彼らはその期待に応えているのかも問うています。

 最後に、では「ガバナンスの効いたいい会社」とは?
 GE(General Electric Co.)「中興の祖」ジャック・ウェルチは、こう答えました。

「朝起きて鏡の前に立ったとき、さあ今日もまた一日がんばるぞと思える会社です」

 1日24時間という絶対的事実(・・・・・)の中で、多くの社員・従業員はその半分を超える時間を会社で過ごします。「気にいった会社だから、いい会社だから、辞めたくない」。とすると、人生の半分以上を会社で過ごすことになります。 

 「いい会社」とは、端的には、「風通しのよい職場」だと考えます。最近では、そのような職場作りのことを「健康経営」と呼びます。そのリーダーは代表取締役社長であり取締役会ですが、社員・従業員の皆さんの姿勢も問われているのです。会社のよきガバナンスは全員で作り上げるものなのです。

 皆さんは自らの人生を組み立てることができます。公認会計士や税理士を目指して受験勉強中の皆さん、会社現場で健闘中の皆さん、本書が皆さんの人生を組み立てる一つの材料となれば幸いです。我田引水ですが、「自信作」です。多くの皆さんが拙著を読んでくださることを願っています。

(お話を伺った千代田先生のご紹介)

千代田 邦夫(ちよだ くにお)
1944年生まれ。1966年早稲田大学第一商学部卒業、1968年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。同年鹿児島経済大学助手、講師、助教授、1976年立命館大学経営学部助教授、教授、2006年立命館大学大学院経営管理研究科教授、2009年熊本学園大学大学院会計専門職研究科教授、2012年早稲田大学大学院会計研究科教授、2013年公認会計士・監査審査会会長(~2016年)を経て、現在立命館大学大学院経営管理研究科客員教授、立命館アジア太平洋大学(APU)客員教授、MS&ADインシュアランスグループホールディングス株式会社監査役、寺崎電気産業株式会社取締役監査等委員、星和電機株式会社取締役監査等委員、経営学博士・公認会計士。日経・経済図書文化賞、日本会計研究学会太田賞、日本内部監査協会青木賞、日本公認会計士協会学術賞、辻真会計賞を受賞。
<主要著書>
『新版会計学入門―会計・監査の基礎を学ぶ』(第7版)、中央経済社、2022年
『現場力がUPする課長の会計強化書』中央経済社、2019年
『財務ディスクロージャーと会計士監査の進化』中央経済社、2018年
『闘う公認会計士―アメリカにおける150年の軌跡』中央経済社、2014年
『貸借対照表監査研究』中央経済社、2008年
『課長の会計道』中央経済社、2004年
『監査論の基礎』税務経理協会、1998年
『アメリカ監査論-マルチディメンショナル・アプローチとリスク・アプローチ』中央経済社、1994年
『公認会計士―あるプロフェッショナル 100年の闘い』文理閣、1987年
『アメリカ監査制度発達史』中央経済社、1984年 他多数

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