【経済ニュースを読み解く会計】「打率三割」を死守すべし?!―会計数値と資本政策―


塚原 慎(駒澤大学経営学部准教授)

【編集部より】
話題になっている経済ニュースに関連する論点が、税理士試験・公認会計士試験などの国家試験で出題されることもあります。でも、受験勉強では会計の視点から経済ニュースを読み解く機会はなかなかありませんよね。
そこで、本企画では、新聞やテレビ等で取り上げられている最近の「経済ニュース」を、大学で教鞭を執る新進気鋭の学者に会計・財務の面から2回にわたり解説していただきます(執筆者はリレー形式・不定期連載)。会計が役立つことに改めて気づいたり、新しい発見があるかもしれません♪ ぜひ、肩の力を抜いて読んでください!

はじめに

本コラムの執筆をしている現在(8月初旬)は、パリ・オリンピック開催期間のまっただ中にあります。また、プロ野球もシーズン後半戦が始まるとともに、全国高等学校野球選手権大会も出場校が出揃い、いよいよアツい夏が始まろうとしています。勉強や仕事の合間に、関心のあるスポーツの速報結果をつい確認し、一喜一憂してしまう方も多いのではないでしょうか。

今回はスポーツ(とくにプロ野球)との関わりから、企業の資本政策に関わる経済ニュースを読み解いてみたいと思います。

数値・指標が評価を決める世界

スポーツ中継を見ていると、実際のプレー映像だけでなく、数値や指標の情報が当たり前のように併記されていますよね。たとえば、プロ野球中継の場合には、「打率」「本塁打数」「投球数」「防御率」などの情報がプレーヤーごとに参照可能になっています。

また、近年では、「WHIP(Walks plus Hits per Inning Pitched)」「WAR(Wins Above Replacement)」など、一昔前にはあまり目にすることのなかった指標も計算されていたりします。

年棒等に反映されるプロ野球

プロ野球選手の場合、これらの数値、およびそこから計算された指標が彼らの評価を決定づけることになり、(もちろん契約形態によりますが)年俸等に反映されることになります。

個々のプレイヤーがこれらの数値目標を達成することによりチームの勝利が近付くという構造になっていれば、彼らが努力することは、チームとしても望ましい成果(本当の目的であるチームの勝利)につながるものになります。

指標を通じて企業経営者の評価も

これと同様の考え方から、企業(より象徴的には経営者)の評価を行う方法として、特定の会計数値、およびそこから派生的に計算された指標を用いることが考えられます。

会計数値に基づいた指標であれば、過年度との比較や、同業他社との比較も容易に行えるようになります。

数値や指標が行動に影響する

プロ野球選手にせよ、企業経営者にせよ、自身の評価に関わる以上、彼ら・彼女らは、そういった指標を強く意識するようになると考えられます。

例えば、プロ野球では、2位と僅差での首位打者や、打率三割をわずかに上回るバッターが、シーズンの成績を良い状態で確定させるため、リーグ戦の終盤(最終試合など)を欠場する場合などが見られます。このことは、「数値・指標が起用(プレイヤーの行動)に影響を与える」典型的な事例といえますね[1]

ROEを意識した資本政策

話を企業(経営者)に移しましょう。近年、企業への出資者である株主からみた価値を最大化させるべきという観点から、株主資本利益率(ROE)という指標に注目が集まっています。

ROEは、企業の経営成績を表す「当期純利益」を「株主資本」で除したもの[2]であり、株主に帰属する持分からどれだけ効率的に成果を挙げられているのか(収益性)を測る指標です。

ROEが高まると収益性の向上へ

ROEを高める方法として、財務諸表分析のテキストなどで「デュポン分解」(デュポン・システムについては、たとえば、桜井久勝『財務諸表分析(第9版)』中央経済社,p.183を参照)として標準的に説明されているのは、①利ざや(利益÷収益)を上げること、②回転率(収益÷資産)を上げること、③負債を有効活用すること(資産÷株主資本)の3つに大別されます。

これらの方法が企図しているのは、ROEの向上が示す真の目的=企業の収益性の向上を達成することにあります。

ROEが高まる不思議な資本政策とは

ただし、「ROEを高める」という目的の達成には確かにつながるものの、一見すると不思議な資本政策(通称:リキャップCB)も見られるようになり、日本経済新聞では「フランスベッド、CBで50億円調達 M&Aや自社株買い」(2024年2月27日)として報道されました。

企業が転換社債を発行すると、調達額について「負債」が増加します。ただし、転換社債は保有者の権利行使により株式に交換することが出来ることから、「実質的には株式の発行」に近い要素を有しているとも解釈されることがあります。

ここで取りあげた資本政策の「不思議さ」としては、転換社債(実質的な株主資本の増加)を行い、そのお金で自己株式を取得する(株主資本の減少)ということをしているという点です。

結果として、企業側としては、事業に投下する資産にほとんど影響を与えないまま(ビジネスの構造にほとんど影響を及ぼさないまま)、既発行の株式を回収し、転換社債という「株主資本っぽい負債」に交換することが出来るようになります。転換社債の多くはゼロ・クーポン(利息がゼロ)ですので、企業の支払い負担が増えるわけでもなく、ビジネスにはほとんど影響がなさそうです。

リキャップCBに隠された思惑とは

さて、そうであるならば、この資本政策には、どのような思惑があるのでしょうか?

これを考えるヒントは、先述した「打率三割」の議論にあります。すなわち、「ROEを高めることそれ自体」を目的とする場合には、「形式上」の負債額を増やすことによってもこれが達成できるということです。2024年1月15日の日本経済新聞の記事 (「CB発行で自社株買い 利点目立つも「タダでは済まない」一目均衡 企業財務エディター 森国司」)もその点を指摘してくれています。

これに関連して、リキャップCBを実施した企業が有する経済的な動機について調査した筆者らの研究[3]によれば、「ROEを意識しなければならない状況にある企業」ほど、リキャップCBの実施確率が高いという仮説を支持する傾向を確認しています。野球の場合と違い、選手が試合に欠場しているわけではありませんが、ROEを何とかして高めたいという企業の思惑を読み解くことができますね。

おわりに:ルールが変われば行動が変わる?

リキャップCBは、現時点では少々(かなり?)マニアックな資本政策ですが、今回は、会計数値をベースに導出された指標に対する経営者の強い意識(関心)が、彼らの行動に影響を及ぼす可能性について議論させていただきました。

既存のルール(会計基準)を所与としたときには、実態の変化が必ずしも伴わなくても、ときには利害関係者の利害に関わる「形式的」ともいえる調整がなされることがあります。ここで重要な点は、転換社債について「(全部ないし一部を)負債として取り扱う」という会計上の取扱いがあってはじめて「リキャップCB」から得られる便益を経営者は享受できるというところにあります[4]

このような金融商品は、今回とりあげた転換社債以外にも、いくつか存在します。例えば、「株式っぽい負債」である転換社債とは逆に「負債っぽい株式」ともいえる優先株式を用いて既存債務を解消する資本政策である「債務の株式化」などが挙げられます。

やや大雑把にまとめると、会計は複雑な事象をシンプルに表現するための強力なツールである一方で、そこで要約・圧縮された指標(たとえばROEやその構成要素としての資本構成)についても、ときには「解凍」して吟味する必要があるということがいえそうです。

さて、次回の連載では、会計基準・慣行上「あいまい」だったものが整備・統一されるというテーマを取り上げてみたいと思います。スポーツ速報の確認の合間に、どうぞご笑覧ください。

<執筆者紹介>

塚原 慎(つかはら まこと)

駒澤大学経営学部市場戦略学科准教授 博士(商学)。
1989年生まれ。2017年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程修了、帝京大学助教・講師、駒澤大学講師を経て2023年より現職。
専門分野は財務会計。現在取り組んでいるトピックは、複合金融商品の会計表示と経営者行動、経営者の心理的特性と財務報告、新収益認識基準の適用効果など。


[1] このことの良否を論じるつもりはありません。個人的には、どのようなかたちであれ、1シーズンを戦い抜いた選手のトータルの成績に無条件で敬意を表します。

[2] 分母の株主資本は期首と期末の平均をとる方法が一般的です。ここでは説明の単純化のため、考え方を示すのみとしています。

[3] 塚原慎・寺嶋康二・積惟美(2023)「リキャップCBの経済的動機」『経営財務研究』第43巻,pp.2-24。

[4] 転換社債は、その会計上の取扱いをどうすべきかについて、会計基準開発において国際的に議論がなされてきた項目であったりします。


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