【編集部から】
士業の魅力は、独立開業できることにもあります。「将来は独立」を目標に合格を目指している方も多いのではないでしょうか。
そこで、「わたしの独立開業日誌」では、独立した先輩方に事務所開業にまつわるエピソードをリレー形式でお話しいただきます(木曜日の隔週連載)。
登場していただくのは、税理士・会計士をはじめ、業務で連携することの多い士業として司法書士や社労士などの実務家も予定しています。
将来の働き方を考えるヒントがきっと見つかるはずです。
「ラクして稼ぎたい!」フリーターから司法書士に
はじめまして、司法書士の伊藤と申します。司法書士として開業してから12年目になりました。気が付けば自分の趣味よりも一番長く続けているものになってしまいました。こちらのサイトで、独立開業についての自分の体験をお話させてもらう機会を頂き記事を執筆します。肩の力を抜いた感じで読んでくだされば幸いです。不真面目で不快な気持ちになるんじゃないかと心配ですが……。
まずそもそも、私が司法書士の資格を取ったきっかけですが、「楽して稼ぎたい」というある意味人間として至極純粋な動機でした。私は大学を卒業してからずっと都内で舞台活動をしてフリーター生活をしていまして、よくあるバイトの仕事じゃ全然稼げないのですよ。時は就職氷河期が過ぎたあたりでせいぜい時給1000円。そして親も高齢になって病気がちになり、人生を考えたわけです。
「楽して稼ぎたい、何かあったら、直ぐに稼げるように準備しておきたい」
そこで資格を取ることを考えました。一応最終学歴は法学士だったので、司法書士なら数年で取得できるんじゃないかと考えました。
資格取得後から独立開業前夜~舞台活動に明け暮れる
幸い2年ほどの受験勉強で司法書士試験に合格することができました。ただ、そこからすんなり司法書士になって独立して……という事はなく、実務を3年程経験してからフリーターに戻りました。司法書士の研鑽を積んで、企業法務をやったり、先進的なABL(動産・債権担保融資)をやってみたい気持ちがあるにはあったんです。でも、私という怠け者はこう考えてしまったんです。
「実務もある程度経験したし、これでいつでも独立開業できる。なら・・・もうしばらく遊んでいけるよね!」と。明日独立できるなら、来年でもいいじゃないかと!
舞台活動をやりつつ、また芝居仲間とわいわいする生活です。司法書士受験前とは違い、司法書士の資格を生かしてバイトの時給も高かったし、生活費や将来の事も悩むことなく、夜は毎日舞台の稽古して。いやぁ! 楽しかったなぁ。
「結婚式を挙げたい」と言われ独立開業を決意
そうこうしている私に彼女もでき、結婚しました。司法書士資格を持っているとはいえ、フリーターなのにです。結婚することになり、妻は私にこう言ったんですね。
「結婚式を挙げたい」
結婚式? おー!いいじゃない。私は結婚式に消極的な男ではありませんでした。友達は少なく、何か企画をすることは面倒くさがり人間ですが、「結婚式やったろうやないか!」という気持ちでした。しかし、直ぐに現実が頭をよぎりました。資金です。結婚式って200万円以上かかるんだっけ?
とにかく凄いお金がかかります、結婚式には。ホント、あの時は預貯金なんてなんにも持っていませんでしたので、一体、どーすりゃいいのか。そこで考えたのが独立です。安直です。安易です、我ながら思考回路が。
私がお世話になった司法書士事務所が、毎月数十件決済をこなして、凄い売上を上げていましたから、1年で100万円貯めようと思ったら、月に3,4件仕事ができればお金が溜まるんじゃないの?
開業東京編
前振りが長くなってしまいましたが、要するに、結婚資金を貯めるために独立開業しました。開業場所は自宅で借りている都内のアパートにして、相談が来たらお客様の元に行く、というスタイルを取りました。
開業が決まったら次は宣伝や営業です。やり方なんて分かりませんから多分に漏れず異業種交流会に参加しまくってみましたが、そこで衝撃的な事実がわかりました。
司法書士がど・こ・に・で・も・いるんです! もっと希少種かと思っていましたけど。
司法書士だけじゃありません。行政書士さん、社労士さん、税理士さん、弁護士さん…、士業と呼べるものはどこの異業種交流会に何人も参加しておるのです。これは、いきなり繋がりを作るということはとても困難だと肌で感じました。
東京は人口が多く、ビジネスチャンスも多いです。一方で、当たり前ですが、司法書士も沢山おります。相当な激戦です。私なんて吹けば飛ぶような人間です。ここから顧客を得るためには、人と違う強みは何か?専門性は何か? 改めてビジネスをしていくことの大変さを痛感しました。
自分の強みは?
開業の時は、確か「アベノミクス!アベノミクス!」と言われ始めた時でした。司法書士業界も、過払いの次は信託だ、遺産整理業務だ、残業未払いだ、といった声がよく聞こえてきており、特になんの専門性もなく強みのない自分はどうしたらいいのか、悩み始めました。
そんな中でも数少ないながら、異業種のビジネス仲間が出来始めました。仲間と言っても特に、不動産業者さん、税理士さん等、司法書士業務に関連するような業界の人だけではありません。広告をやっている人、ネイルサロン経営者さん、探偵さん、生命保険の営業マンさん、その他多くの職種の皆さん。そんな方々とお話していると「伊藤さん、お芝居やっているの?」とか「舞台、どんな事してるの?」とか、面白がってくださることが多い事に気づき、そこで、吹っ切れるというか、あきらめたというか、仕事をしていくうえでの戦略というのでしょうか?そういうことを考えるのは止めました。
誰でも出来るような仕事でも一生懸命やって、自分という人間性を知ってもらう。別に強みでも戦略でもありません。恐らくこれまで開業した何万という司法書士の先輩方がやってきたであろう普通のことをやっていったと思います。
目標の「結婚資金を貯める」は、結局達成したか記憶がありません(笑)。多少は貯金が出来て、結婚式を上げ、引越しもできました。その時は、仕事が忙しくて、ちょっと記憶が抜けております。
子どもが生まれ、転機が訪れる~東京からUターン
しばらくして子どもが生まれ、また人生を考えました。このまま東京で生活していけるかな…。
私は元来地方の田舎出身で、この時分には東京の生活に慣れ順応していましたが、どこかで無理をしていました。何せ、仕事をものすごく頑張らないと貯金ができない。駐車場が月3万とか5万もしますし、2LDKの部屋を借りるのにも平気で10万円します。子供の面倒もみず、夜遅くまで働いて、ちょっと時間があるとすぐ寝てしまう生活…。
私の両親は共働きの自営業でした。高度経済成長期で時代が違ったといえばそれまでですけど、夜は割とみんな一緒でご飯を食べ、昼食後は1時間ほど昼寝をするような、ゆっくりとした生活をしていた家庭でした。その習慣が身に染みてしまったせいか、家族のためとはいえ夜遅くまで働く生活は耐えられそうにありませんでした。何だか早死にしそうな気がしたんです。
そこで、夫婦で話合い、実家にUターンすることにしました。一緒に来てくれた妻には頭があがらない思いです。
仕事と育児~子どもが親離れするその日まで
故郷に帰って、司法書士事務所を移転しました。独立開業して4年目の出来事です。仕事の内容は相続が中心になり、身近な法律相談が来ることが多くなりました。移転当初は、仕事も少なかったので、もう殆ど育児をしていた記憶です。事務所移転2年目で仕事は軌道にのり、東京にいた頃以上に仕事をこなすようになりましたが、家事育児は積極的に関われるだけの時間的精神的な余裕はありました。
オムツは一人で変えられるし、夕ご飯も子供たちの分も用意して作ることだってします。風呂に入れて、寝かしつけて、夜泣きしたらミルクあげて、妻が2日ほど出張に行っても、何とか家を守って……。
子供が小学生の高学年になれば、きっと遊んでくれなくなるでしょう。無視されるかもしれません。育児は今は大変ですが、親離れするそのXデーを考えると、そう何年もありません。その時までは一緒に遊んでもらおうと思っています。
今後の展望~司法書士としての社会的使命を果たす
Uターンして結果的には満足しています。でも今後何があるか分かりませんからね。これしか選択がなかったわけでもなく、その時その時の考えで良いと思う方を選んでいくことができ、大変有難いことに仕事の悩みは殆どありません。1年のうちストレスもある時期もありますが、7割くらいはノンストレスな生活が送れています。お陰で仕事以外の趣味が出来ています。
東京に住んでいた頃のように舞台活動をする事はできませんが、SNSに漫画を上げてみたり、地元のFM局でラジオパーソナリティを経験したり、庭で燻製したり、夜は星を観察したり‥‥‥。
仕事の展望は特にありません。子どもが大きくなったら、行政書士でも登録しようかなと思っているくらいです。その時までは司法書士業界が大きく変わることはないと思いますが、日本社会は凄く変わってるかもしれません。
司法書士登録直後、東日本大震災の司法書士会のボランティアに参加して、未曽有の危機に司法書士として取り組めることはないかと考えたこともありました。家族の事や他にやらなければならないこともあって、結局はボランティアに行ったのみでした。自分の出番ではないなと故郷に戻って司法書士を営むことにし、そんな思いは忘れていましたが、図らずもそこは日本が直面する問題の最前線でした。
多死社会、人口減少、空き家問題、所有者不明土地問題です。孤独死したアパート住人の家族からの相談が入り、翌日には空き家の売却相談、相続人不存在のマンションの処理方法についてマンション管理組合から問い合わせが来たと思ったら、行方不明になった土地所有者の不在者財産管理人への就任を要請されるという。どこで司法書士業務をしていたとしても、自分が立っている場所には社会的問題が噴出しており、司法書士でいる限りは社会の形成に使命があるんだと感じるようになりました。
そんな中でも、私は、自分が出来ることを、無理せずちょこちょことやっていこうと思います。
【執筆者紹介】
伊藤和雄(いとう・かずお)
平成12年 筑波大学卒業
平成15年 行政書士試験合格
平成18年 司法書士試験合格
平成23年 いとう司法書士事務所を開業
平成27年 愛知県津島市へ事務所移転
Twitter @kazuoitoh
事務所HP http://www.itou-legal.com/
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